カラスの説明はちゃんと人の言葉として聞こえたが、奈緒にはその意味がまったく判らなかった。喋るカラスよりもさらに非現実的すぎて、頭が理解を拒んでいる。

「妖魔は、心の中に闇を抱え込んでいる人間を見つけると、いつの間にか忍び寄ってその影の中に入り込む。妖魔に憑かれると、その人間は思考を絡め取られ、感情を偏った方向に誘導され、怒りや恨みや憎しみを引き出される。そして操られているという自覚もないまま行動し、悪事に手を染めるんだ」

 カラスに続けて青年が淡々と言ったが、奈緒はまだ茫然としていた。

 はっとしたのは、青年が雪乃に向けて刀の先端を突きつけたところを目にしたためだ。

「まっ、待って! ちょっと、雪乃さんに何をするつもり!?」

「だからこいつは妖魔憑きだと言っている」

「妖魔に憑かれたら、速やかに手を打たねばならんでの。さもなくば、どんどん周囲に悪意をまき散らし、人に危害を加え、災いを起こすようになる。そうならぬよう、はるか昔より妖魔を封じる役目を代々担い続けてきたのがギョウゲツ家だ。トーマはそのギョウゲツ家の最後の生き残りなのだぞ」

 妖魔を封じることを役目とするのがギョウゲツ家、その当主が今ここにいる青年だと、カラスが言う。いっぺんに情報を与えられて、奈緒は目が廻りそうだ。

「そ、その話がたとえ本当だとしても、今の雪乃さんに妖魔が憑いているとは」

「確認したと言っただろう。おまえが時間稼ぎをしていた間にな」

「さすがトーマの嫁になるムスメだ、これぞ内助の功だのう。ホッ、ホッ、ホッ」

 嬉しそうなカラスの言葉は完全に無視して、青年が何かを示すように、雪乃に向けていた刀の切っ先を動かし、その下の地面へと移した。

 そこに何があるというのか。奈緒はじっと目を凝らしてみたが、特に何も見つけられなかった。下草がみっしりと生い茂ったその場所には、上から差し込む幾筋もの線のような夕日の照射によって生じる影しかない。

2024.05.18(土)