真面目な性格なだけに、雪乃は親に叱られたことを重く捉えすぎているのかもしれない。だとしたら、まずはそれを少しでも軽くしてやるべきだ。

 そう思って奈緒が出した言葉は、しかし、まったく彼女の心には響かなかった。

「話し合い?」

 雪乃は口元からすっと笑いを消して、奈緒に冷たい一瞥をくれた。こんなにも怒りと軽蔑を孕んだ視線を向けられるのは、はじめてだった。

「バカね、奈緒さん。あの人たちと話し合いなんてできないわ。だってちっとも話が通じないんだもの。わたしの言葉は何一つ二人の耳には入らない。きっと、わたしとは別の生き物なのね。だから魔物に食べさせても大丈夫よ」

「雪乃さん──」

 話が通じない、こちらの言葉が耳に入らないという点では、現在の雪乃も同じようなものだ。一体、どう説得すればいいのだろう。

 思わずもう一歩前に出たところで、強い力でぐいっと後ろに引っ張られた。驚いて見ると、青年が何を考えているのか判らない無表情で奈緒の腕を掴んでいる。

「もういいだろ。何をしたところで無駄だ」

 突き放すような言い方に、奈緒は眉を上げた。

「このまま放っておけって言うの? そんなこと、できるわけないでしょ! ちゃんと話をすれば、いずれ冷静になって」

「無駄だと言っている。それに放っておくことはしない」

 青年がそう言いながら、雪乃に視線を据えたまま、右手を肩の上へと伸ばした。背中に括りつけていた日本刀の柄をぐっと握り、鞘から引き出す。

 スラリと剥き出しになった白刃が、光を反射して妖しく煌めいた。

「な……」

「確認した。あの女はもうおまえが知っている友人じゃない。『妖魔憑(ようまつ)き』だ」

 青年が背中の刀を抜いたこと、そしてその刀がまごうことなく本物であることを目の当たりにして、奈緒は凍りついた。今さらのように、足元から震えがのぼる。

 それに今、この男は何を言ったか。

 ──妖魔憑き?

「妖魔とは、闇から生まれ出づる異形のモノだ。闇のような漆黒で、人の影に潜み隠れ、人の心の闇に取り憑く、悪しき存在よ」

2024.05.18(土)