木々と葉の影。そして立っている雪乃の影。青年が指しているのは、ちょうどその頭の部分だ。雪乃の解けた髪が風になびいて揺れ……

 風なんて、まったく吹いていないのに?

 奈緒は息を吞んだ。

 それは確かにただの影に見える。しかし「本体」のほうの髪の毛は、まるで動いていない。にもかかわらず、頭の部分の影だけが、さわさわ、ざわざわとうねるように揺れ動いているのだ。蛇のように。触手のように。

 闇の生き物のように。

 奈緒の顔から血の気が引いた。気づいてみれば、これほど気味の悪い眺めはない。

「判ったか、こいつは間違いなく妖魔に憑かれている。だからここに入り込んだんだろう」

「愚かだのう。いくら人を操ったとて、アレを容易に見つけられると思うたか。哀れなのは、すり切れるまで一晩中森の中を彷徨わされたムスメの肉体だ」

 青年とカラスの会話に、奈緒は引っかかりを覚えた。

 その言い方だと、雪乃がこの「あやしの森」に入ったのは、妖魔のほうに何か目的があったためのように聞こえる。

 見つけるって、何を? 魔物を?

 それとも、この森の中には、他に何か隠されているものがあると?

 青年は奈緒の訝しげな視線に気づくと、すっと目を逸らして再び刀を持ち上げ、雪乃に向けた。

「とにかくそういうわけだ。妖魔が憑いていると判った以上、さっさと封じるぞ」

「ふ……封じるって、どうやって」

「いちばん手っ取り早いのは、影の中にいる妖魔を、憑かれた人間ごと斬ってしまうことだな」

「は!?」

 包んだ紙を中身ごと切ってしまえばいい、というような調子で出された答えに、奈緒は心底ぎょっとした。

「なに言ってるの!? だめよ、そんなこと!」

「殺しはしないから安心しろ。死体が出ると後が面倒だ」

「この人でなし! だめ、雪乃さんを傷つけないで!」

「じゃあどうするんだ。このまま、あの娘が身も心も妖魔に侵食されていくのを、指をくわえて見ているつもりか?」

 ぐ、と言葉に詰まる。もちろんこのままにしておくわけにはいかない。しかしどうすればいいのかなんて、奈緒にはさっぱり判らない。

2024.05.18(土)