東家は、宗家に連なる名門四家のひとつだ。始祖である金烏がこの『山内』の地を四つに分け、自分の子ども達に分け与えたことがその名前の由来である。それぞれ、東家の東領、西家の西領、といった具合に、東西南北の四家四領。

 そういった自国の由来やらなんやらの教養は、登殿に際しての必須である。しかし、悲しいかな、入内など思いも寄らなかったこの別邸の妹姫は、音楽以外に能がない。これからが大変だと目を回したうこぎを前に、姫はのんびりと首を傾げた。

「でもねえ、双葉姉さまならともかく、私が登殿したところで、文字通り宗家のかたがたにお仕えするくらいしか出来ないのではないかしら」

 うんうん、と父は微笑んだ。

「お前はねえ、にこにこして座っていればいいよ。変に若宮に気に入られようとか考えなくていいからね。どうせ他家が黙っちゃいないのだから、余計なことなどせず、さっさと帰っておいで」

 お館さま、とうこぎは悲鳴を上げた。

「なんてことを仰るのです」

「だってねえ」

 その様子は、嫁入り前の娘を持ったそこらの父親そのものである。なんとも情けない顔になった父を笑って、二の姫はやんわりとうこぎを諫めた。

「ね、うこぎ。お父さまにこんなに大切にして頂けるなんて、私はなんて幸せなのかしら」

「それはそうですけど」

「大丈夫ですわ、お父さま。すぐ帰って参ります。でも中央なんて、行ったことがないから楽しみで」

 うん、と父は頷いた。

「いい勉強になると思うよ。お前と親しい藤波さまも、同じ年頃の姫もたくさんいるからね。お友達になるといい」

「はい」

 これには、秘かにうこぎが眉をひそめた。うこぎは、かつて登殿に付き従ったことがある。内情には詳しかったが、ここで口を開くのは得策ではないと思った。

「どんな所なのかしら」

 うっとりと嬉しそうな姫に隠れて、うこぎは小さくため息をついたのだった。

 それからというもの、二の姫は登殿の準備に追われて、大忙しだった。幸い、姉の所で使う予定だった物品などはそのまま使えるが、二の姫なじみの侍女や本人の教育はそうはいかない。突貫でおおまかなことは叩き込んだものの、まだまだ不安の残るまま、登殿の日を迎えてしまった。

2024.04.10(水)