「でも、双葉さまはもうすぐ登殿予定ではないのですか?」

 登殿とは、入内の前段階のことを指す。形式上は宮仕えとしてであるが、東家ほどの名家とあれば、仕える相手などほとんど無きに等しい。宮仕えとは名ばかりで、日嗣(ひつぎ)御子(みこ)の后選びのために設けられた制度なのである。候補の姫君達が集うために造られた、専用の宮だってすでに用意されている。その宮の名は『桜花宮(おうかぐう)』といい、ここへ移り住むことを、登殿というのだ。そこで日嗣の御子に見初められて、初めて入内へと漕ぎ着けるのである。

 自分の娘が入内すれば政での立場だって向上するだろうに、東家の当主は頓着無く肩を竦めた。

「幸い、命に別状はないんだけどねえ、あばた(・・・)が出来てしまったと言って、登殿は無理だと言うのだよ」

「は……」

「そこでだ。二の姫よ、お前、代わりに行ってもらえないものかね」

 あまりに軽い物言いに一瞬詰まってから、うこぎはこわごわと聞き返した。

「代わりって、何のです?」

「だから、双葉のさ」

「双葉さまの、何を」

「だから、登殿の」

「登殿?」

 まあぁ、と、二の姫は目を瞠った。

「それは、私が宮廷に行けるということですか?」

「そうだよ。綺麗な着物だって、いっぱいあつらえてあげるからね」

 聞いたうこぎ、と嬉しそうに振り返った二の姫は、唖然とする侍女に声を失った。

「あら。どうしたの、うこぎ?」

「……これは姫さま、お着物どころの話ではございませんよ」

「はい?」

「だって、登殿でございますよ、登殿!」

「だから、宗家本邸に行けるということでしょう?」

 お出かけなんて何年ぶりかしらとはしゃぐ姫に、うこぎは興奮して声を荒げた。

「そうではなく! あなたさまが、宗家の若宮殿下の后候補となられたと、そういうことなんです!」

 宗家とは、金烏(きんう)――つまりは族長の一家のことである。したがって、宗家の若君とは日嗣の御子、皇太子のことを指し示す。

2024.04.10(水)