違いない、とひとしきり笑っているうちに、階の方が騒がしくなった。
女房達が、帰って来たらしかった。
ただでさえ、中央で高官を務める東家当主が帰って来るのは珍しい。とりわけ、どんな行事もないこの時節の当主の帰還は、まったくの不意打ちであった。泡をくったようにもてなしの準備を始めた女房を押しとどめて、父はうこぎを呼び寄せた。
うこぎは、今年で四十路となる、経験豊かな女房である。彼女の仕える姫は、わけあって別邸で暮らしている。そこに、なんの前触れもなく当主がやって来たのである。何かあっての来訪なのだろうと最初こそ身構えていたのだが、そのうち頭が痛くなってきた。それというのも、本人達ときたらやれ庭の梅が綺麗だの、琴が上手になっただのと世間話に花を咲かせて、一向に本題に入ろうとしないのである。
「では、この前本邸で行われた新年の宴には、出て来られなかったのだね?」
「申し訳ありませんでした。私も、本当に楽しみにしていたのですが……。でも、本格的に体調を崩したわけではないのです。ちょっとお腹が痛くなってしまっただけですから、ご心配には及びませんわ」
「ならいいのだけれど。お前の場合、特に気をつけないと。ねえ、うこぎ」
うこぎは、親子仲がいいのは喜ばしいけど、いいかげんなんとかならないものかしらと思っていたところだったので、急に呼ばれてびっくりした。
「はい、はい、なんでございましょう」
「お前は、この屋敷の家事を取り仕切っているのだったね。本邸の者が来た時にでも、双葉について何か聞かなかったかい」
「双葉さまでございますか」
双葉とは、東家本邸の方に住まう、東家一の姫――つまり、うこぎの主である二の姫の、姉にあたる人である。
「そういえば、お体を壊されているとか」
そうなのだよ、と東家当主は心配そうに眉根を寄せた。
「先にも言った新年の宴でねえ、どうやら疱瘡にかかってしまったみたいなんだ」
ええっ、と目を見開き、うこぎと二の姫は顔を見合わせた。
2024.04.10(水)