PRIDEで「元気ですか‼ 123ダー‼」と御託宣を唱えるだけで、会場に大熱狂を呼びおこす猪木は、プロレスと格闘技という、本来、異教の教義と競技を串刺しにする、新時代のコロシアムを司祭するシャーマンそのものであった。
Uの時代――。ファンはこの小さな団体の見果てぬ夢に想いを馳せ、共同幻想に酔った。ボクが上京した年が1981年、以降、旧、新生、分裂後のU系団体には足繁く通い、ファン同士、『週刊プロレス』を握り締め、熱く議論を闘わせたものだ。約束の地を求め、傷つけ合いながら集合離散の挫折を繰り返す若武者たちの姿の虜になったからだ。
この一冊は佐山聡の弟子で柔術家の中井祐樹の最後の言葉で締めくくられる。
「日本の格闘技はプロレスから生まれた。(中略)過去を否定するべきではないと思います」
虎のマスクを被り、グローブを嵌めた悲運の天才・佐山聡の表紙を手に取るたびに、感傷的な気分に浸る――。
そして三部作の最後が2020年に出版された『2000年の桜庭和志』。本書である。
荒涼たるプロレスの大地に現れた新たなる救世主の物語だから、三部作で一番作風が明るい。だが、そもそも「プロレスは最強の格闘技」という猪木イズムの十字架をUWFインターナショナルの桜庭和志が背負うとは、専門筋でも想定外だったと思う。
UWFインターナショナルでは前座レスラーに過ぎなかった桜庭が、一際輝き出すのは1997年の12月のアルティメットジャパン大会である。この日、代役で出場し、レフリーの誤審もありつつ優勝した桜庭がリングで発した「プロレスラーは本当は強いんです!」は今なおプロレス史に残る名言として語り継がれている。しかし、その最終証明でもあるホイス・グレイシー戦に至るまでには3年の月日と9試合の無敗街道が必要だった。その間、体重差を無視した理不尽なマッチメイクも拒まず、無差別級でリアルに勝ち続けることがどれほど奇跡的なことであったか、本書で仔細に辿れば自明だろう。
2023.10.05(木)
文=水道橋博士(漫才師)