本書は文藝春秋から上梓された『1976年のアントニオ猪木』、『1984年のUWF』に続くプロレス格闘技三部作の最終巻『2000年の桜庭和志』の文庫化である。
2007年に出版された『1976年のアントニオ猪木』は、文藝春秋で『スポーツ・グラフィック ナンバー』の社員編集者であった柳澤健がフリーとなり、47歳にして作家デビューを果たした作品だ。
1998年4月の猪木引退試合以来、熱心な猪木信者であるボクは『アントニオ猪木自伝』(新潮文庫)を大量に買い込み、ホテルへ泊まるたびに引き出しの『聖書』とすり替えるという急進的な布教活動に励んでいたのだが、『1976年のアントニオ猪木』の登場は猪木信者にとっての『新約聖書』を思わせるほど衝撃的で、ボクにとっては生涯のベストノンフィクションとなった。
『1976年のアントニオ猪木』は、猪木が70年代に闘った一連の異種格闘技戦のファーストシーズンである「1976年」に開催された4試合に焦点を当てている。
猪木はなぜ、純然たるプロレスを離れて格闘技路線に走ったのか? その根本的動機とは終生の敵であるジャイアント馬場を打倒するためだった。そのため「プロレスとは最強のキングオブスポーツだ!」「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!」という教義=猪木イズムを掲げ、仮想敵、外敵をプロレスのリングで迎え撃つという構図を作り上げた。
〈2月・ミュンヘン五輪、柔道無差別級と重量級の優勝者・ウィリエム・ルスカ戦〉
〈6月・プロボクシング世界ヘビー級チャンピオン・モハメッド・アリ戦〉
〈10月・アメリカで活躍中の韓国人プロレスラー・パク・ソンナン戦〉
〈12月・パキスタンで最も有名な英雄でプロレスラー・アクラム・ペールワン戦〉
普通の書き手ならば、誰もがボクシング現役ヘビー級世界王者・モハメッド・アリ戦が行われた6月の「格闘技世界一決定戦」を本筋にすることだろう。なにしろ、世界格闘技史の特異点として、今なお内外で再評価されている一戦なのだから。しかし、柳澤は違った。アリ戦だけではなくアリ戦前後の海外試合の舞台裏を、アメリカ、韓国、オランダ、そしてパキスタンにまで足を延ばして、関係者に徹底取材したのだ。
2023.10.05(木)
文=水道橋博士(漫才師)