親の役を演じると、子供を演じた方に親心のような愛情が残るんです
――今回のサティーンもそうですが、『ネクスト・トゥ・ノーマル』の双極性障害の母親役など、退団後は宝塚の男役時代には挑戦できなかったような役も演じられています。役の可能性が広がったことでの新たな発見や楽しさはありますか?
宝塚にいた時から、役柄を問わず、新しい作品や役に出会うことが嬉しかったし、自分の中から新しい感情が引き出されていくことが楽しかったんです。誰かと一緒にお芝居をすることで、自分ひとりの想像力では辿りつかないような世界を見せてもらえる。それを知りたくて、今も旅をしている感覚で。
ただ、サティーンもですが、男役のときには想像がつかなかったような役に挑戦できているというのはありますね。枠が広がったというか。男役時代の私を知っていてご覧になる方の中には、違和感を感じられている方もいらっしゃるかもしれませんが、私自身は、その新しい挑戦を楽しんでいます。
サティーンに関しては、今、あまり自分の中でこう演じようということは決めずにやっています。その場面場面で相手がどう来るか、自分は今こういう気持ちになったけれど、サティーンとしては我慢するのか、蓋をするのか。今、演出補のジャシンタさんという方がお芝居を見てくださっているんですが、私自身の素直な感情も大事にしていいとおっしゃってくださるんですね。時に、「それは正解だけど、サティーンはそこも超えられる人なんだよ」と言っていただいたり、導いていただきながら役を作っています。
――退団されてすぐの頃に、「母親役をやってみたかった」とおっしゃっていたのが印象的でした。『INTO THE WOODS』の魔女も、『ネクスト・トゥ・ノーマル』も母親でしたよね。
母親の視点を通して物語を見ていると、こうしていろいろなことを思いながら育ててくれたのかなと、自分の母親に対して感じることがあったりします。周りには、お母さんになっている人もいて、自分は経験してないけれど、役をやることによって、ほんの少し……ほんの1ミリでも、こういう気持ちなのかなってわかることが私は嬉しいですし、そこが演じていても楽しいです。
興味深いのは、自分が母親とか父親の役を演じると、その時に子供を演じた方に対して、親ではないけれど親心のような愛情が残るんですよね。久しぶりに会って、「大きくなったな」って思ったり(笑)。そういう感情ってなかなか消えないんだなと思っています。
行き詰まった時、普段とは違う景色を見るだけでも違うと思う
――社会に出てそれなりにキャリアを積んでくると、頑張れば評価されてきた時期から次の段階に移行して、頑張っても伸び悩みを感じたり、モヤモヤすることって多い気がします。望海さんにも、そういう時期ってありました?
いっぱいありますよ。それは宝塚の時もですし、退団してからもありました。たとえば、年齢を重ねていくと、体も変化してきますよね。それによって振り回されることも多くて、今まではこんなことなかったのにおかしいみたいな、そんなはずじゃないなって、受け入れられない自分がいたり。
――そういう時、望海さんならどうされます?
身近な同世代の人と喋ってみるといいんです。あなたもそう感じてたんだ、よかった私だけじゃなかったってわかるだけでも少し楽になったり、解消されることもあると思います。ただ、そういう心持ちの時って、なかなか周りの言うことが聞けなかったりするんですよね。ちょっと休んだらって言われても、なかなかできなかったり。
でも、そういう時こそ、友達でも家族でも、どこどこ行こうよとか、ご飯に行こうよとか、買い物でもいいですし、外に連れ出してくれる人の誘いにのってみる。その時は乗り気じゃないかもしれないけれど、行ってみたら何かが変わるかもしれないじゃないですか。私の場合、一人で抱え込んでいても解決しないって、ここまでの経験で気づいたんでしょうね。早く脱した方が楽だから、そうしようと自然と癖づけた気がします。
普段とは違う景色を見るだけでも変わると思うんです。少し前に、久しぶりに海外に行ったんですが、飛行機に乗って外を眺めていた時に、自分の乗ってる飛行機ってすごく小さいんだろうなって思ったんです。そこに気づいたら、この世界で、自分ってすごく小さい世界で生きているんだって、もうちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかって、冷静になれたんです。まさか自分が飛行機に乗って、そんな気持ちになるとは思っていなかったんです。だから、ふと違う景色を見るってことも、たまには必要なんだなって思えました。
――そういう時に、外に連れ出してくれる方って決まっています?
今は出会いがたくさんありますからね。その時その時に出会った方……。その時に関わっているカンパニーもそうですし、一番は、宝塚の先輩である朝夏まなとさんじゃないでしょうか。同じような経験をされてきた、この世界での先輩ですから、私のことをとてもよくわかってくださっているので、このままでは絶対よくないなと思ったときに朝夏さんに連絡すると、少しだけでも時間を作ってくださる。お会いして、一緒にご飯を食べに行くだけでも気分転換になるし、精神的にすごく助けていただいているなと感じます。
2023.06.14(水)
文=望月リサ
写真=鈴木七絵
スタイリスト=早川和美
ヘアメイク=Yuto