この記事の連載
- ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい #1
- ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい #2
美しいとされているものすら疑いたいし、秩序じみたものをどんどん壊していきたい
――このインタビューでは、金子さんが好きな映画や小説の話もぜひうかがいたいなと思ったのですが、これまでどんな作品に特に影響を受けてきたと思いますか?
今ハマっているのはスティーヴン・スピルバーグです。先日『激突!』(71)を見たらめちゃくちゃおもしろくて。どのカットを見てもなんというか、あざとさがないんですよね。『激突!』のカット割りは終始、登場人物の「視線」、その「対象」、それに対する「リアクション」、この3つの繰り返しなんです。潔くて感動して、それ以来、過去作を色々見返してるところです。
あとは小津安二郎も大好きです。人々が成熟しないという点では、小津の映画もそれに近いところがあるし、何よりカメラの怖さを知っている人だなという気がして。それに、物を映すことでそこに宿る時間が見事に描かれているのがすごい。『東京の女』(33)でも『お早よう』(59)でも、家に置かれた物たちが、彼らが過ごした時間の集約物として切り取られていて、何度見ても感動します。
『幸福なラザロ』(18)や『夏をゆく人々』(14)のアリーチェ・ロルヴァケル監督も大好きです。マジカルなカットに驚かされることが多いです。『幸福なラザロ』を初めて映画館で見たときは、そのあと何時間もぼうっと鴨川を眺めていたくらい衝撃を受けました。それでそのあとすぐ古道具屋で見つけたシベリアンハスキーのぬいぐるみに「ラザロ」って名付けたんです。ラザロとは、映画を見た記憶とともに今も一緒に生きています。
元々ぬいぐるみが大好きだったわけではないんですけど、店主から、遺品整理の際にこれを引き取って、そのときすでに片足が折れていたんだって話を聞いて、このぬいぐるみが歩んできた過去や物語性に惹かれたのをよく覚えています。首に巻かれたリボンもきっと前の持ち主がわざわざつけたんだなと思ったら、その思いがすごく愛おしく感じられて、私が新しい持ち主になってこの襷を繋いでいこうと思ったんですよね。
――前の持ち主の思いが感じられる物って、人によっては怖いと思う人もいそうですが……。
そういえば「金子さんの映画って優しいけど怖い」ってよく言われます。世間では怖いとされるものをすっと引き受けちゃうところがあるんでしょうね。
――小説にかぎらず好きな作家さんはいらっしゃいますか?
イタロ・カルヴィーノが大好きで、『マルコヴァルドさんの四季』という児童文学とか、いろいろ読んでいます。あとは最近『イスとイヌの見分け方』(きたやまようこ)という超絶すばらしい本と出合いました。今まで自分はイスとイヌを見分けられているって思ってたけど、この本を読んだら、実は全然見分けられていないかもしれないと思えてきて。大前さんの小説もそうですが、私はふだん人が見過ごしてしまうものを疑って気づく物語、「気づき屋さん」の物語が大好きなんです。
――それは、今の現実とか社会をもう一回違う視点で見てみたいという思いがあるからでしょうか。
現実を疑わないといけないな、とは常に考えています。私は基本暇なので(笑)、ずっと目を凝らして「ぐぬぬ……」といろんなことを疑っています。その疑いや気付きの発表をたまに映画などの手段を使ってやっています。
――商業映画においては特に、「映画ってこうだよね」みたいな前提を無意識のうちにみんな共有していますよね。でもそういう前提を一度疑ってみる、これまで「これは映画じゃないよ」と思われていたものをこそ、金子さんはつくろうとされているんだな、と思いました。
そうだと思います。この映画は告白シーンから始まるんですけど、それをまともに切り取りたくなくて、子供がわーわー言っているちょっとおかしなアングルからあえて撮ってみました。映画って美しいとされているものが当然推されていくけど、私は美しいとされているものすら疑いたいし、秩序じみたものをどんどん壊していきたい。
もちろん美しい映画は私も好きだけど、今回多くの場面で「画」よりも「人」を優先させたのは、自分でもこれまでの映画作りのありかたを疑ってみたかったからというのもあるかもしれません。意図的にそうしたわけではないんですけど、ぬいサーを体現するには必然の選択だったのだと思いました。
金子由里奈 Kaneko Yurina(かねこ・ゆりな)
立命館大学映像学部在学中から、多くの映像作品を制作する。2018年、山戸結希企画・プロデュース『21世紀の女の子』で唯一の公募枠に選ばれ、伊藤沙莉主演の『projection』を監督。続く『散歩する植物』(19)が「ぴあフィルムフェスティバル2019」に入選。初長編作品『眠る虫』(19)は「MOOSIC LAB2019」にてグランプリを獲得し、監督自ら配給・宣伝を務めた。「チェンマイのヤンキー」というユニットで⾳楽活動を行うほか、小説やエッセイ、映画評の執筆など、多彩な活動を続けている。
映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
原作:大前粟生「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」(河出書房新社 刊)
監督:金子由里奈
脚本:金子鈴幸 金子由里奈
撮影:平見優子
録音:五十嵐猛吏
音楽:ジョンのサン
出演:細田佳央太、駒井 蓮、新谷ゆづみ、細川 岳、真魚、上大迫祐希、若杉 凩 ほか
製作・配給:イハフィルムズ
2023年4月14日(金) 新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
https://nuishabe-movie.com/
2023.04.13(木)
文=月永理絵
写真=杉山秀樹