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 この映画に登場する人たちは、誰もがどうしようもない苦しみと恐怖心を抱えている。でも、その恐れを心の内に閉じ込めていたら、いつか自分が壊れてしまう。だから彼らはある方法を生み出す。それは、ぬいぐるみとしゃべること。

 大前粟生の原作小説を映画化した『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』が描くのは、ぬいぐるみとしゃべるサークル、略して「ぬいサー」に属する大学生たち。世間が求めるジェンダー規範に居心地の悪さを感じる七森(細⽥佳央太)。ある日を境に、家から外に出られなくなった麦戸(駒井 蓮)。そんなふたりをどこか冷静に見つめている白城(新谷ゆづみ)。それぞれに悩みと恐れを抱える彼らの姿を通して、現代社会に巣食うさまざまな問題や、そのなかで苦しむ人々のありようが、繊細に、けれど力強く浮かび上がる。

 監督は、『21世紀の女の子』(18)に参加後、初長編『眠る虫』(19)が大きな話題を呼んだ金子由里奈。音楽活動や小説の執筆など、映画にとどまらない活躍を見せる金子監督にとって念願の企画だったという本作の制作背景について、お話をうかがった。


初めて「人」の映画を撮ることに

――『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は大前粟生さんの小説が原作ですが、金子さんオリジナルかなと思うくらい、雰囲気やテーマが過去の監督作と強くつながっているように思いました。初めて原作ものを撮ると決まるまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか?

 大前さんの小説と出合ったのは、『眠る虫』を見た友達が「金子は絶対好きだと思うよ」と勧めてくれたのがきっかけです。まず短編集を読んだんですが、物語に出てくるモチーフが自分の感覚にピタッとハマるものばかりで大好きになりました。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は、ぼろぼろ泣きながら読みましたね。やわらかい文体でありながら、人が何気なく使っている言葉の加害性について鋭く書かれていて、私の言葉や創作しているものが無自覚に誰かを傷つける可能性がある、と自分自身をしっかり省みる手がかりが小説に散在していました。

『眠る虫』を撮ってから、何人かのプロデューサーに大前さんの小説について話をしてみたところ、難色を示されることが多かったです。レズビアン、アロマンティック、アセクシュアルというさまざまなセクシュアリティが登場する本作に対して「LGBTQの話はちょっと……」と言う方もいて、気持ちが萎えかけたときに、この映画のプロデューサーの髭野(純)さんとたまたま会ったんです。髭野さんはすぐに小説を読んでくれて「これは素晴らしいね」と言ってくれた。そこから話がどんどん進んでいきました。

2023.04.13(木)
文=月永理絵
写真=杉山秀樹