映画『64-ロクヨン-』のクズ役で存在感を示した2016年

 しかしなぜ「三たび」なのかというと、実はこの連載「勝手に再ブーム」の記念すべき第一回「緒形直人に再び恋をする」というタイトルで彼を取り上げているのだ。

 遡ること5年前(2017年)、私は映画「64-ロクヨン-」で、過去の罪の証拠となるメモを口に頬張り、佐藤浩市にボコられ、川で水を飲みのたうち回る犯人役を演じていた緒形直人に、ハートをキックされた。

 そんな姿にときめいた当時の自分の精神状態が心配になるが、確かに苦悩する緒形直人は不思議な色気と説得力がある。今でもある! 大ヒット映画「万引き家族」で、松岡茉優演じる亜紀と向き合えない父を演じたときも、そのドンヨリ加減がリアルでリアルで。

「六本木クラス」の第6話でも「もうここにはこないでくれ、いくらでも金は出すから」というそりゃ情けないセリフを竹内涼真に言い、ボロボロの表情で土下座をするシーンがあった。これがまたハイクオリティ土下座! ジリジリと体を地面に向けて丸めていく様子は香川照之とは違う静の迫力があり、胸が苦しくなった。

 緒形直人は、丁寧に自分の職務を遂行する姿がとても似合う役者だ。だからこそ、理不尽な現実に巻き込まれた苦悩、挫折を演じさせると、迫ってくる絶望が凄まじい。彼の持つ「ものすごい貴重な成分が入った岩」のような存在感は、デビュー当時から健在である。

 第7話で見せた正義感復活へのターンは、もう画面の前でガッツポーズ出ちゃったよ!

『もみの家』でヨコハマ映画祭助演男優賞を受賞

 これは私の勝手な想像なのだが「六本木クラス」で緒形直人がキャスティングされたのは、誠実な公務員顔なのともう一つ、芸能界屈指の「無農薬野菜が似合う俳優」だからではないだろうか。彼の実直な佇まいと農業(自給自足的設定)は最高の相性。

 2020年公開の映画『もみの家』では、仏チックスマイルを浮かべながら米や野菜を育てるもんだから、映画に出てくる食事シーンがもれなく超飯テロ。南沙良さん演じるヒロインを包み込むやさしさと共に空腹が襲ってきてダブルで泣いた。彼はこの映画で、第42回ヨコハマ映画祭助演男優賞を受賞している。

 「もみの家」は、彼の声の良さも改めてしみじみよく分かる映画なのでオススメだ。1996年から2001年のTBS「世界遺産」でのナレーションで既に証明されている、格調高さと深み。私は勝手にナショナルジオグラフィックボイスと呼んでいる。

 若手俳優では吉沢亮、横浜流星がこのゾーンに入る。少し鼻にかかっていて、聞き取りやすい。言葉がちゃんと着地するような説得力と威厳がある。

2022.08.25(木)
文=田中 稲