時間がどんどん溶けていく。呆れるほど幸せだ。

 画像収集という偶像崇拝にやや遅れて有料配信に課金を開始。300本近くある動画を取り憑かれたように観た。推しの活動分野は未知のことばかりで、最初はなにをしているのかよくわからなかった。それでも観るのをやめられない。時間がどんどん溶けていく。呆れるほど幸せだ。歯科医に虫歯をギュンギュンやられた時は、推しに手を握ってもらうイメージで乗り越えた。想像上の推しは万年寝不足なので、私の手を握りながら寝落ちしていた。私は歯より脳に虫が湧いている心配をしたほうがいい。

 素面(しらふ)と泥酔を繰り返し、ふと我が身を見ると、私はもう汚い小川で流されてなどいなかった。ザバッと立ち上がり、髪に絡まったゴミや虫を振り落とす。まだまだやることがある。やれることは全部やる。

 ネットの記事や推しの文章はあらかた読んだ。玉石混淆の情報を大量摂取し、整理し、推しという塑像を一から造り上げる。やることなすことすべて楽しいが、危険水域に達しつつあることも自覚していた。だって、会ったこともない人のことを全部知っている気になってるんだもの。毎日推しばかり見ていたら、推しの体調までわかるようになった。そんなわけがない。

 好き勝手な解釈を図々しくも「発見」と名づけ、理解が進んだと快哉(かいさい)を叫ぶ。過熱した推し活はライトな人権蹂躙だ。人を人とも思わなくなる瞬間が簡単に訪れる。愛情の多寡で言い訳できることではない。単なるファンとの違いはここだ。自他の境界線が曖昧になる対象が推し。推す側の人間性が顕わになるのが推し活。

 やがて推しの仲間にも明るくなり、文言入りの画像が作りづらくなった。いままで「邪魔だから」と体を文字で隠したり、切り落としたりしていた人たちにも名前や物語がある。キャラクター消費とモブ扱いの終焉。推しと仲間のヒューマナイゼーション革命だ。

 ある日、いつものようにSNSを漁っていると、私の中であまり「ヒト化」されていない人物と推しが一緒に写っている写真に目が止まった。仲間ではないこの人にも物語があるとは推測できないのが私の下衆さで、「お、ラッキー」とバッサリ切り落とす。

 そのまま漁っていたら、まったく同じ写真から私の推しだけが切り落とされた画像を見つけた。投稿主はおそらく私が切り落としたほうのファン。その時、他人が撮った写真を躊躇なくトリミングした己の傲慢さを恥じるとともに、この世はなんて素晴らしいんだと震えもした。

 双方が「私の推しではないほう」を迷いなく切り落とせたのは、価値が相対的だからだ。故に、私の最高は私にとって絶対的で、あなたのそれもそうなのだ。切り離されたそれぞれの画像を元の一枚に戻せば、そこには噓偽りのない最高が二人。あなたと私の最高は同時に存在し得る。

2021.12.10(金)
文=ジェーン・スー
イラスト=いえだゆきな

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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