CREA2021年春号の特集は「今こそ、素肌と筋力を鍛える」。この号に収録したジェーン・スーさんのエッセイ「女と筋力と人生」をCREA WEBで特別公開します。
筋トレとランニングとボクシング
筋トレ、たしかに流行ってる。私も同世代の筋トレ未経験者から「筋トレ、どう?」と尋ねられることがあるが、「始めてよかったよ」と答えると、相手はたいていがっかりした顔になるからおもしろい。「ようし、私も始めるか!」となる人は、正直ほとんどいない。
がっかりさんたちは、筋トレを始めた誰もが「やらなきゃよかったよ」と答えないことに落胆しているみたい。ひとりでも「やめときな」と言ってくれれば、やらないでいられる理由ができるのに。気持ちはよくわかる。私にとってのランニングがそれだから。
「走らなきゃよかった」と答えるランナーに、私はいまだ出会ったことがないもの。だから心底がっかりする。私は走ることがとても苦手なのだ。そんな事情は当然知らないランナーたちは「始めたら楽しいよ」と、満面の笑みで畳みかける。私はにっこり笑って、「走れる人にとっては、そうでしょうね」と、心でつぶやく。
私は昔から運動が苦手な子どもだった。正確に言うと、学校でやるような運動が好きではなかった。走れば誰よりも遅く、お腹が痛くなってすぐに息が上がってしまう。球技は、まあ普通。しかし、走り続けられる持久力がないと、徒競走やバスケやバレーボールなどの学校スポーツは楽しめないと相場が決まっていた。
数少ない例外が水泳とスキーとローラースケートで、「できる」と言えるぐらいには上達したが、なにせ季節と場所を選ぶ。20代に入ってからも、「運動は?」と聞かれれば、即座に「苦手」と答えていた。
30代に入り、思い付きでボクシングジムに入会した。そのころの私はいまよりずっと頭でっかちで、ほとんど使わない肉体と、いつもフル回転の脳のバランスが非常に悪かった。脳を満足させるためだけに体を移動させているような感覚が我ながら不気味になり、体を動かすために脳を使いたくなったのだ。
「だからって、ボクシングは飛躍し過ぎじゃない?」と友達には驚かれたけれど、これが案外よかった。グローブをはめてミットを思いっきりパンチするのは想像の50倍くらい楽しく、私にとっての運動が初めて「ストレス」から「ストレス解消」の手段になった。多いときは週に3回も通い、右肩だけが大きくなってしまったこともあったほどだ。
当時を振り返り、右肩が大きくなったタイミングで、筋トレを始めていればよかったのに! と、悔しい気持ちでいっぱいになる。私は気付くべきだった。「力を使ってパンチを繰り出す」という運動に新しい楽しみを見つけたことの重要性に。
そして、自分は筋肉がつきやすい体の持ち主だということに。筋肉を鍛えれば、もっと上達できたに違いなかったことに。リングに上がってスパーリングをするようなボクシングはできないまま、これ以上は上達しなそうだとうっすら気付いたあたりから、私の足はジムから遠のいてしまった。
2021.05.06(木)
Text=Jane Su
Illustrations=Kaoru Konagai