『ファーストラヴ』は“今の時代”を感じる作品

――本作は由紀や環菜のように、”女性が抱える心の傷”に真摯に向き合った作品でもあると思います。何かしらの”ハラスメント”を受けたとして、同じ女性でも感じ方は人それぞれだとは思いますが、お2人はどのように感じられていますか?

島本 私は男性でも女性でも心に傷がついたことがない人というのは、基本的にはいないと思っています。ただそれを傷だとすら理解されていなかった状況が、ここ10~20年で随分と状況が変わってきたのかなとは感じていて。

 セクハラ、パワハラ、虐待なんかもそうですが、昔はわりと当たり前に起こっていたことが、「それはしてはいけないことだ」という気付きがたくさんの人達の中で生まれて、それが声に出せるようになったというのでしょうか。

 おかしいことをおかしいと言えないというよりは、おかしいとすら思っていなかった時期が長かったことを、今回、映画を見ながら実感しました。そういう女性達が、心の傷や内面の想いをここまで生々しく叫ぶことができるような作品……そういう日本映画には私自身がこれまであまり出会ってこなかった印象があるので、その点でも“今の時代”を感じる作品でしたね。

北川 確かに男性も女性も「これは理不尽だよな」って感じることはこれまでも多々あったんでしょうが、それを声に出して言っていいとは思っていなかったのかなと。

 なんとなく日本人って、自分の中に押し込めたり我慢したりして、自分で自分に折り合いをつけておおごとにしたくないっていう真面目な人種のような気がするんです。海外の人に比べて日本人は自己主張をしないともよく言われますが、そういう日本でも最近は“ハラスメント”という言葉が浸透してきて前よりは声を上げやすい環境になっていますよね。

 とはいえ、いざ「あなたは何かのハラスメントを受けていますか?」と聞かれて「はい! 私は受けています」とはっきり言えない人もまだたくさんいるような印象も私は持っています。この映画で由紀が環菜の過去の心の傷に気付いてあげたように、自分から声を上げられない人達に周りが少しずつでも気付いてあげたりとか、気にかけてあげることってすごく大切なことなんだなと思いました。

島本 そうですよね……。確かにいざ声を上げるのには勇気がいるし、まだまだハードルが高いのかなとは私も思います。

大人になると我聞さんのような旦那さんが絶対いい(笑)

――そして由紀の過去や心の傷……すべてを受け入れて愛する我聞は、まさに理想の夫像だなと感じました。さきほど北川さんが「素敵な旦那さん」とおっしゃったのも納得です!

島本 小説を書き始めた頃には、由紀と我聞のような夫婦関係って素敵だけど現実には理想像に近いかな、と思っていました。でもここ数年は、従来の男女の役割にとらわれない結婚も増えてきたように感じていて、結婚に対する価値観や夫婦の形も少しずつ様変わりしてきたのかなとも思います。

 加えて映画を見た時に3人(由紀、迦葉、我聞)それぞれが、他の2人のことを大事に思っているのがすごく伝わってきたんです。(*迦葉と我聞は兄弟関係)この3人のバランスはなかなか危ういものがあったので小説を書く時にはすごく苦労したのですが、映画ではそこが自然かつ魅力的に表現されていたのが嬉しかったです。

北川 最初はこんな素敵な旦那さんと結婚しているのに、いまだに引きずるほど迦葉が魅力的な男性に私は思えなくて(笑)。

島本 (笑)。

北川 若い頃はともかく、大人になると我聞さんのような人の方が絶対いいと思います(笑)。

島本 我聞の揺るぎなさがどこから来るのかっていうと、由紀も迦葉も自分がいないとダメと分かっているからなんです。3人のバランス関係の中で、我聞だけ一段階高いところから2人を見ているようなイメージが書いていてありましたね。

北川 原作の帯に「衝撃の…」という文字があったので、私は我聞さんが最終的にはすごく悪い人なんじゃないか? と想像していたんです。そしたら最後までいい人で本当によかった!

島本 それはよく言われます。私の作品は迦葉のような男性が登場することの方が多いので、ビックリしましたと(笑)。でも今日は北川さんのリアルな感想を聞けて、すごく楽しかったです。

北川 こちらこそ先生がそういう思いで書かれたんだと初めて知れたことも多くて、楽しい時間でした。原作ものの映画化をやる時は、原作者の方が納得してくださるかどうかが一番のプレッシャーで、こうやってお会いする時はすごく緊張するんですが、今日は素敵なお話を聞けたうえに作品もお褒めいただいてすごく安心しました。ありがとうございました。


 女性の心の深部に切り込んだ『ファーストラヴ』。

 見終わった後、このタイトルの意味を自分なりに考えかみしめる時間もまた映画の贅沢な余韻のひとつとなるはずです。

映画『ファーストラヴ』

女子大生による父親殺害事件。公認心理師の由紀(北川景子)は、事件の取材を依頼され、容疑者・環菜(芳根京子)の心のうちを知るため、彼女と面会を重ねる。事件を担当する弁護士・迦葉(中村倫也)は、由紀の夫・我聞(窪塚洋介)の弟で、由紀と迦葉は大学時代の同窓生だった。環菜と向き合うことで、由紀や迦葉は今まで蓋をしていた自身の過去と向き合うことになる。過去に傷を負った人々はどのように前を向いて進んでいくのか。人が最初に受けるべき愛を描き、見る側の「愛された記憶」を刺激するサスペンス・ミステリー。島本理生の直木賞受賞作、完全映画化。

監督:堤 幸彦
脚本:浅野妙子
原作:島本理生『ファーストラヴ』(文春文庫)
出演:北川景子、中村倫也、芳根京子、木村佳乃、窪塚洋介 ほか
2021年2月11日(木・祝)より全国ロードショー
https://firstlove-movie.jp/

2021.02.13(土)
文=遠藤 薫
写真=榎本麻美
ヘアメイク(北川)=板倉タクマ(ヌーデ)
スタイリング(北川)=宇都宮いく子
ヘアメイク(島本)=中山芽美(e-mu)