誰かが自分を思い出す時、笑顔が浮かぶことが大切
実はこの映画、それはむしろ前段で、このタイムトラベル能力のある男が次に恋をするのが、レイチェル・マクアダムス。しかし出会いはいわゆるブラインドデート。暗闇の中での合コンで“一目惚れ”するのだが、この女優もまた気配の美しさを持つことで唯一無二の存在とされる。
『きみに読む物語』『君への誓い』と、代表作はどちらも「君~」のタイトルがついているように、相手の心に濃厚に住み着く女性を演じているが、まさにさわやかにしてまったりと心に絡みつくタイプ、彼女には何かあると多くの人が評価するのだ。
この『アバウト・タイム~』の監督も「君には特別な癒しの力がある」と絶賛したと言われる。確かに彼女の笑顔は華やかなのにやわらかい癒しのマジックがあって、だからだろうか、この人の存在を思い出す時は絶対に笑顔。その記憶だけでも心が華やぐような。だからきっとマスクをしても、していないように笑顔のその人に会えるのだろう。
「誰かが自分を思い出した時、真っ先に笑顔が浮かぶ女になりましょう」と今こそ提案したいが、それはまさにこういうこと。こういう人。笑顔の存在感を磨くためにこそ、いつもにこやかに生きるべきということに、改めて気づかせてくれるはずだ。にこやかな顔の記憶を世間に残すために。
ここまで見てきてわかるように、この人たちは、女優としてでなく人としての強い引力を持っている。それが役柄までにじみ出てきている人たちと言ってもいい。人を惹きつける力、あるいは人を巻き込む求心力。そういう動のパワーが感じられる人たちなのだ。
一方、少々毛色の違いはあるものの、人を射抜くような視線の強さを持つ人として、グレン・クローズが挙げられる。80年代、大ヒットを記録した『危険な情事』という、怖くて見事な映画を観ただろうか。
たった一度の関係を、男は大人の遊びと思い、女は運命と感じて、妻子ある男を執拗に追い詰める。ただ最初に関係を持つまでの女性のクールな魅力は確かにどんな男でもふらっとしてしまうほど凄い。最初はまさに男をゾクゾクさせるほどの射抜くような目が、やがて蛇の目に見えてくる。その変化が怖いのだ。
女優冥利につきる役だが、キャスティングが難航していた時、グレン・クローズは不倫に至るまでの“いい女”風のスタイルで現れ、いつものイメージと違う、妖婦のような魅力に、制作者たちは度肝を抜かれたという。これならば堅実な男も騙されると、その特別な役を勝ち取ったそうである。
この人の目は確かに女豹にも蛇にも似ていて、相手をフリーズさせる力を持つ。あの目ばかりは例外。まさに視線だけで男を破滅に誘う目ってあるのだ。マスクがあろうとなかろうと。
さて『(500)日のサマー』というちょっと切ない映画がある。男が女に500日間恋をし、500日間振り回される物語。
この女性は一般的な基準から言えば美人ではない。だから女性がこれを見ると、なんで男は夢中になるの?と疑問に思う。しかし男たちにはわかるらしい。計算なく男をその気にさせたり突き放したりする遠近感、その摑み所のなさ。そして可愛い仕草に、曖昧な表情。澄んだ声! そう、声の力も大きい。
男は彼女がマスクをして笑いかけてきても、きっとキュンとするのだろう。そこはもう理屈でなく、手に入りそうなのに気がつくとすり抜ける、何だか自分の思うままにならない女を男はやっぱり追いかけてしまうのだ。
この女優ズーイー・デシャネルは、すぐ身近にいそうだからこそ、ぜひその存在の可愛らしさ、見ておいてほしい。なるほど男が言う「女の可愛さ」とはこれなのかと、教えられるよう。気まぐれな無意識の小悪魔、悪気はなくて基本はいい子、そういう子が外見以上に実はモテるということ、マスク時代ゆえにズンとく。
◆『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』(2013年)
『ラブ・アクチュアリー』などラブコメに定評のあるリチャード・カーティス監督が、恋人や家族と育む、何げない日常の大切さを描く。
Universal Pictures / Photofest / Zeta Image
◆『危険な情事』(1987年)
男にとって一夜だけの情事のつもりが、女は異常なほどの執着心を抱き、殺意に変わる。グレン・クローズが狂気のストーカーを熱演。
Paramount Pictures / Photofest / Zeta Image
◆『(500)日のサマー』(2009年)
運命の恋を信じる男トムと、真実の愛なんて信じない女サマーの二人が繰り広げる、最低で最高の500日を記録した恋愛コメディ。
Fox Searchlight / Photofest / Zeta Image
2020.10.19(月)
文=齋藤 薫