「最後の一行」を、与える側になりたかったんです
今月のオススメ本
『祐介』 尾崎世界観
売れないバンドマンの祐介は、ライブハウスで5人の観客を前に演奏し、他のバンドのファンに手を出す。アルバイト先のスーパーでは、一癖ある同僚や常連客が平穏を揺らす。小説のタイトルであり、主人公の名前でもある「祐介」は、著者の本名である。
尾崎世界観 文藝春秋 1,200円
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音楽シーンで断トツの個性を放つ4人組ロックバンド「クリープハイプ」のボーカルで、作詞作曲も手掛ける尾崎世界観が、初めての小説『祐介』を発表した。
「最初はもっと物語っぽいものを書くつもりだったんです。でも、やっぱり自分がちゃんと見たり聞いたりした手触りのあるものを書かないと、読者を引き込めない。自分の話を書くのが一番いいんじゃないかな、と。今までヘンな人にたくさん会ってきたし、意地悪な視点には自信があったし。バンドが今のメンバーになる前、何もうまくいかずどうしようもなかった時期は、音楽を作る大事な材料になっています。それをより明確に、細かく描写できるのが小説なんじゃないかなと思ったんです」
主人公の祐介は、高校卒業後に就職した製本会社を1年で辞めて、スーパーでバイトをし始める。スタジオ代やライブのチケットノルマに苦しみ、アパートの家賃は滞納の常習犯。恋人はおらず、バンドメンバーとの関係も破綻寸前だ。だが、どん詰まりの日々の中にも、ほのかな幸せが訪れる。それを摑むがむしゃらな握力に、心を揺さぶられる。
「実話を元に、誇張して書きました。良かったことは100倍いい感じで書いて、イヤだったことは100倍イヤな感じで書く。人に対しても、めいっぱいコケにして、めいっぱい面白くする。それが、実際にあった出来事や人物に対する敬意かなって」
小説ならではのたくらみも張り巡らされている。リアリティの地平が、がらっと変わる瞬間が気持ちいい。
「後半はむちゃくちゃに書きました。人生のどこかに分岐点があって、もしも今の自分にならなかったら、きっと自分はこうなっていたんじゃないかな、と。そうやって書いているうちに、“こいつを救ってやりたいな”という思いが出てきたんです」
そして、ラストシーンである言葉を登場させた。
「今まで僕はその四文字を、歌詞で書いたことはないです。長い時間と長い文字数をかけて小説というものを書いていったからこそ、やっと言えた言葉なんです」
小説は子どもの頃から好きだった。自分でもいつか、書いてみたかった。
「最後の一行を読み終わった時に、主人公たちがいなくなっちゃったな、自分は置いていかれちゃったなって寂しい気持ちになっていた。その気持ちを、与える側になってみたかったんです。本を閉じた瞬間の気持ちを味わうためにも、この本を開いてみてほしいです」
尾崎世界観(おざきせかいかん)
1984年東京生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル、ギター。12年にメジャーデビュー。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2016.08.03(水)
文=吉田大助