人と猫との巡り合わせが紡ぐ、愛と再生の物語
今月のオススメ本
『ねこのおうち』 柳 美里
ノラ猫たちを引き取ったり、不妊手術をしたりと面倒を見る人々と、軽々しく捨てたり毒えさを撒いたりする人々など、人と猫との距離がさまざまな形で描かれる。4つの中短篇からなるが、人物や猫がリンクしていて1つの長篇としても読める。
河出書房新社 1,500円
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生まれたばかりで、光町のひかり公園に捨てられたニーコ。柳美里さんの『ねこのおうち』は、そのニーコやニーコが産んだ6匹の子猫たちのもらわれ先で起きる、猫と人々との物語だ。猫をめぐって、人間の善意や良心、はたまた身勝手さや残酷さも浮き彫りになる。
「一時期、保護団体からお話を伺ったりもしました。猫ブームの影の部分は広がっているとは思います。とはいえ、それを告発したかったのではありません。生きていると、得るものよりこぼれ落ちてしまうものの方が多いし、だとしたら、悲しくない人生などない。最後には、自分の大切な家族も、自分も死んでいく。そんな運命の中で、猫の存在は、悲しみをすり抜ける小路みたいなものではないかと思ったんですね」
柳さん自身もずっと猫を飼ってきた。現在は4匹が一緒だ。伴侶だった劇作家の故・東由多加氏との思い出の中にも猫がいた。
「帰ってこない東をソファで待っていると、そばに来て、私の顔の高さで慰めるように『みゃあ』と鳴いてくれたり。猫はしゃべらないし、にっこり笑いかけたりもしないけれど、人の悲しみがわかっているんじゃないかと思う瞬間があります」
作中でも、引き取られていった子猫たちはそれぞれがもの言わぬまま、飼い主のそばにひょいといる。
「私自身のスランプや東日本大震災などの理由で中断が長く、まとめるまでに8年くらいかかりました。でも、作品にとってはそれが幸運だったかもしれません。以前の私だったら、母親の視点や、姉妹であれば姉の視点を選んだ気がします。自分から遠い側から書くようになったのが大きな変化ですね。姉や両親に対して複雑な思いを持つ女の子や厄介な母親と暮らす男の子など、子ども視点で書いたものが多くなりました」
たとえ一瞬でも、人と猫とが触れ合うことがいかにすばらしいか。その温かなメッセージは、物語の間中ずっと響いている。
「長いこと、ハッピーエンドってウソくさいと感じていました。不幸というのは状態だけれど、幸福は状態ではなくて、瞬間のきらめきだと思うから。つまり、不幸の渦中にいても、幸福によって差し込む一筋の光を探すことはできるはずなんです。どんな狭い道もすり抜けられる猫は、光を感知する感度が図抜けているとも言われています」
猫に導かれるように希望を見出す人々と、人間からの愛に応えて寄り添う猫たちの美しい円環がここに。
柳 美里(ゆうみり)
1968年生まれ。97年『家族シネマ』で芥川賞受賞。著書多数。現在の福島県南相馬市での暮らしぶりを描いた「イエアメガエル」を『文學界』にて連載中。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2016.09.03(土)
文=三浦天紗子