大作家に会いにゆく

 翌朝、我々にはもう一箇所だけ訪問すべき場所があった。

 小説家なら(あるいは文芸編集者なら)一度は見ておきたい、爪の垢を煎じて飲んでおきたい大作家、松本清張記念館である。

 実は、私は、以前ここを訪れたことがある。

 もはや四半世紀も前のことだ。

 私は二十六の時に小説家としてデビューし、七年ほど兼業作家を続けていて、三十三の時に独立して専業作家になった。

 その、専業作家として、初めて九州に取材旅行に行った時に、松本清張記念館を訪れたのである。

 今でも覚えているのは、当時の私は、まだ松本清張がデビューする四十一歳よりも若かったので、「今からこれだけの量を書くのか」と震え上がったことだ。なにしろ、兼業作家時代はそんなに原稿が書けず、「寡作」と言われていたのである(その後、あらゆる仕事を引き受け営業もしたため、いきなり年間一万枚近く書く、という生活を数年間続けることになるのだが)。

 ご存じのとおり、松本清張はかなりの多作。しかも、亡くなる直前まで、多数の〆切を抱え、原稿を書き続けていた。

 映像化作品にも恵まれ、それでまた本も売れるという、売れっ子作家の理想のパターンであろう。

 太宰治と同い年というのも有名であるが、二人はすれ違うことなく、活動時期も重なっていない。松本清張が獲ったのは直木賞ではなく、太宰が喉から手が出るほど欲しがっていた芥川賞だった、というのになんとなく因縁を感じる。

 綺麗にリノベされた小倉城(中にカフェまである!)の近くにある松本清張記念館まで歩く。

 いつも思うことだが、松本清張はタイトルの付け方が抜群にうまい。

 過去の日本の作家で、どう考えてもベスト3、あるいはベストと言ってもいいと思う。「点と線」「ゼロの焦点」「渡された場面」「霧の旗」など、どれもバッチリ決まっているし、短編も「張込み」とか「一年半待て」とか、過不足のない明確なイメージ喚起力が素晴らしい。

 そして、今回思ったのは、本のデザインの斬新さだ。

 そもそも、清張自身、デザインの仕事をしていたし、絵も上手い。

 記念館を入ったところに、著作の本の表紙がずらりと並んでいるのだが、ひじょうにモダンでカッコよく、デザイン性に優れている。

 文藝春秋のブックデザイナー、Oさんも、「これ誰だろう」と興味津々で覗き込んでおられ、当時としてはかなり「攻めている」デザインに感心した。

 中にはデザイナーのコメントもあり、「松本さんの仕事はいつも緊張したし、必死にデザインした」とあって、松本清張を満足させるのもたいへんだったろうな、と思った。

 手間のかかる、贅沢なデザインを見ていると、初版部数も大きかったし、デザインにもおカネをかけられたんだろうな、というせちがらいことまで考えてしまった。

 押しも押されもせぬ大作家なのに、最初に読む編集者の反応や感想をひじょうに気にしていた、という話を聞くと、だからこそ大作家なのだろうな、と思う。

 自分の書いたものに満足・安住しない。小心で、読者の反応が気になる。書き続けていくためには、重要なポイントだ。

 世の不条理や、自己実現を阻む世の論理。そういったものに対するルサンチマンは生涯消えることがなく、作品を生み出す原動力になっていたように思える。これからも、彼の作品は世の不条理がある限り生き続け、映像化され続けるだろう。

 そして、改めて、「死ぬまでこれだけの量を書くのか」と還暦を迎えた小説家は、げっそりとしたのであった。

 Oさんと一緒に、山藤章二による似顔絵の入った、松本清張のふせんを買う。

 このふせんをゲラに貼ったりしたら、受け取った編集者はどう思うだろうか、と考えるとなんとなくおかしくなった。「いえ、特に意味はないんですよ」と言っても、いろいろ深読みされそうだ。

 新神戸から門司へ。

 海と灯台をめぐる旅から派生した二泊三日の旅はたいへん濃密であった。

 我々は小倉から新幹線に乗り込み、帰路に就いた。もっとも、大阪で更に別の編集者と待ち合わせて帰京前にもうひと宴会、というのはまた別の話となる。

部埼灯台(福岡県北九州市)

所在地 福岡県北九州市門司区大字白野江
アクセス 西鉄バス「白野江」下車徒歩約35分 北九州都市高速春日出口より約25分
灯台の高さ 9.7m
灯りの高さ※ 39.1m
初点灯 明治5年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海の記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

11月1日から「海と灯台ウィーク」を開催!

「海と灯台プロジェクト」では、灯台記念日の11月1日(土)から8日(土)までを「海と灯台ウィーク」と設定。期間中、海上保安庁や全国60市町村の「海と灯台のまち」、さらに灯台利活用に取組む企業・団体と連携し、イベントや記念品の配布など、様々なキャンペーンを実施します。
詳細は「海と灯台ウィーク」特設ページをご覧ください。

オール讀物 2025年 11・12 月号

定価 1,500円(税込)
文藝春秋
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Column

その土地の物語を読み解く “灯台巡り”の旅へ

現在、日本に約3,300基ある灯台。建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。そんな知的発見に満ちた灯台を作家が巡り、歴史とその背景にあるドラマを綴ります。