ロカルノ国際映画祭での金豹賞受賞をきっかけに、改めて注目を集める三宅唱監督の最新作『旅と日々』。その中で存在感を放つのが、俳優・堤真一さん。撮影中に交わされた監督との対話、共演者であるシム・ウンギョンとの信頼関係、そして家族とのささやかな日常――。堤さんが語る幸せのかたちとは?


雪山での撮影中に生まれた絆

――ロカルノ国際映画祭での金豹賞受賞、おめでとうございます。まず、その知らせを聞いたとき、どんなお気持ちになりましたか?

 今って色々な映画祭があるでしょ? だから最初に「ロカルノ映画祭」って聞いてもよくわからなくて。「ロカルノって何?」って感じだったんですが、よくよく聞いたら歴史のあるとても立派な映画祭だったので「監督、おめでとうございます!」という気持ちでいっぱいになりました。

――本作の監督・三宅唱さんは、いま最も注目されている映画監督のひとりです。ご一緒してみて、演出や現場でのやりとりの中で印象に残っていることはありますか?

 主演のシムちゃん(シム・ウンギョンさん)が、僕が演じるべん造の宿を訪ねてくるシーンがあるんですが、その場面を撮り終えたあと、しばらくしてリテイクになったんです。僕の演技に問題があったのかなと思って監督に理由を聞いたら、「二人の距離が少し近づきすぎていて、この後の物語がうまく機能しなくなるかもしれない」と言われて。なるほどな、とすごく腑に落ちました。というのも、そのシーンの撮影が本当に楽しくて、無意識のうちに二人の心の距離が近づきすぎてしまったのかもしれません。そこを感覚的に見抜くんだから、監督ってすごいですよね。

 監督と僕らで一緒に台本を読み直して「これはいるかな、いらないかな」と相談しながら、セリフなどを削っていきました。

――監督が俳優と意見を交わしながら、台本をブラッシュアップしていくというのは、よくあることなのでしょうか?

 舞台ではよくあるのですが、映像作品では珍しいと思います。監督も「これまで自分の作品で、リテイクなんて一度もしたことないんですが、今回はさせてください」っておっしゃってました。

 雪山の中にひっそりと立てられた山小屋みたいなところで、三人で相談するのはなんとも面白い時間でした。

――シム・ウンギョンさんは、堤さんとの撮影について「何かつながっているような気持ちもあって、こういうことを絆っていうんだろうなと思いました」とコメントされています。相談をしながら撮影を進めたことに絆を感じたのかもしれませんね。

 シムちゃん、そんなふうに言ってくれてたんですね。嬉しいなあ。この作品でご一緒する前に、一度舞台で共演したことがあるんです。イギリス人の演出家で、韓国語の通訳さんがいなかったから、彼女は演出家の意図を理解するのに苦労していて。海外の演出家は、自分の意見を押し付けない方が多いから、よく「この場面をどう解釈する?」と聞いてくるんです。聞かれたからには答えがあるんだろうなって思うから、こちらは一生懸命正解を捻り出すのに「僕もわからない」なんて返してくる(笑)。そんな経験を一緒にしたからこそ、彼女は絆と表現してくれたのかもしれないですね。

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