「芸術家村」が開かれて400年、尾形光琳没後300年の2015年
今からちょうど400年前の1615年、京都の上層町衆で、後に「寛永の三筆」と賞される能筆、本阿弥光悦が、職人や一族を引き連れ、上京・小川という「都心」から、洛北の鷹ヶ峯へ移り住んだ。今年はその「芸術家村」が開かれて400年という記念の年にあたる。さらにその100年後、光悦とは遠い縁戚にあたり、まず京都で、次いで江戸でも活躍し、江戸に琳派的な美意識をいわば「移植」した立役者、尾形光琳の300年忌でもある。
さまざまに記念すべき年となった2015年、各地の美術館では趣向を凝らした琳派展が企画されている。
その中でもひときわ注目を集めている展覧会が、MOA美術館で開催される、尾形光琳300年忌記念特別展「『燕子花と紅白梅』光琳アート 光琳と現代美術」だ。4月から根津美術館で開催される尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅 ―光琳デザインの秘密―」とのコラボレーション展でもある今展一番の見どころは、光琳の国宝屛風2件が揃い踏みすること。MOA美術館所蔵で、毎年梅の開く時季に展示する『紅白梅図屛風』、そして燕子花の花咲く初夏に公開している、根津美術館の『燕子花図屛風』を互いに融通し合って両館で展示、かつそれぞれ趣向を凝らした琳派展を、同時に開催しようというものだ。
MOA美術館の企画の骨子は、いわば「琳派の血脈」、といったところだろうか。「琳派」といえば俵屋宗達、本阿弥光悦に始まり、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一と次々名を挙げることはできるし、光悦と光琳の血縁、光琳を師と仰いだ抱一、その抱一の弟子だった其一――とそれぞれの絵師同士を結びつける縁はある。しかし彼らがそのつながり全体を俯瞰し、自分たちが狩野派や住吉派などのような画派を構成する一人だという認識を持っていたわけではない。彼らをまとめて「琳派」と呼ぶのは、後世の人間による後付けの解釈に過ぎないのだ。それでも抱一による光琳顕彰や、原三溪を中心とする数寄者や日本画家のグループから生まれた宗達再評価の気運など、その興趣を愛する人々の手で、何度も琳派は息を吹き返し、新しい命と解釈を注がれてきた。
今展では、光琳100年忌・200年忌の際に紹介された光琳の名品、そして菱田春草や下村観山、加山又造らが、光琳的な感覚を採り入れて制作した日本画、さらに海外でも評価の高い現代美術作家の村上隆や杉本博司、日本画家の平松礼二、漆芸作家で人間国宝の室瀬和美など、現代の美術~工芸の領域で活躍する作家の作品に見える、琳派のエッセンスを紹介する。
『燕子花と紅白梅』 光琳アート 光琳と現代美術
会場 MOA美術館(静岡・熱海)
会期 2015年2月4日(水)~3月3日(火)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 0557-84-2511
URL http://www.moaart.or.jp/
2015.02.21(土)
文=橋本麻里