世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、週替わりで登板します。

 第51回は、イタリア料理には欠かせないお酢、バルサミコの歴史とその深淵について、大沢さつきさんが解説します。

1滴150円のバルサミコ! 200年熟成させたものもある

アチェート(酢)・バルサミコ・トラディツィオナーレ(伝統的な)・ディ・モデナ。DOP認定のモデナ産バルサミコは、有名工業デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロのスタジオがデザインした、100mlボトルに入れられる。写真:岡田幸司(PIATTI)

 イタリアのお酢バルサミコは、いまや日本でもすっかりおなじみ。でも、ちょっと高いお酢くらいと思ったらトンデモナイ。バルサミコは超高級かつ歴史のある、とても奥の深い調味料だ。

フェラーラのエステンセ城を居城としたエステ家が、バルサミコをヨーロッパ中に広めた。かのルクレツィア・ボルジアは、飲む美容液としてバルサミコを愛飲していたらしい。

“黒い黄金”といわれ珍重されるバルサミコは、1グラム当たりの単価がトリュフに次いで高い食品といわれる。エッ、ウチのバルサミコはそんなに高くないと思われる方も多いだろう。だが、DOP(原産地保護呼称制度)認定のバルサミコは、モデナとレッジョ・エミリアという北イタリアの街で、伝統的な製法で造られたものだけ。正式にはアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレと表記され、その下に産地の名がつく。容器の形と容量も法律で決まっていて、12年以上熟成させたアッフィナートと、25年以上熟成させたエクストラヴェッキオがある。いずれも100ミリリットルで前者が50~60ユーロ、後者が80~100ユーロはする。1滴150円近いバルサミコがあるのだ。

レッジョ・エミリア産アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ。モデナ産とは規定のボトルが違う。こちらは12年以上熟成させたもので58.5ユーロ。ヴィンテージなどは表示されない。

 バルサミコは元々“高貴な酢”と呼ばれ、モデナを中心とする一帯で造られ、貴族の間で愛用されていた。国王への贈答品にも使われ、11世紀、神聖ローマ皇帝ハインリヒ3世は、ローマ教皇クレメンス2世の戴冠式の折に、この“高貴な酢”の最上品を所望したとの記録も残る。中世後期にはペストの治療薬として用いられ、ルネサンス時代には、一帯を治めていたフェラーラのエステ家に嫁いだ、美貌のルクレツィア・ボルジアが愛飲していたともいわれている。

バルサミコの樽は、樽内の活動を促進させるため、夏暑く冬寒い屋根裏部屋に寝かされる。栗、桑、樫、トネリコ、桜の樽に、順番に樽移しが行われ、複雑な香りと味が造り出されていく。写真:岡田幸司(PIATTI)

 エステ家がフェラーラを追われ、領地のモデナに拠点を移した後、18世紀頃からバルサミコ(芳香のある)という名前が使われるようになる。19世紀の初め、このエステ家のモデナ公がヨーロッパ各国元首への贈りものに用いたことから、“公爵の酢”と呼ばれるようになった。およそ1000年の歴史のあるお酢なのだ。

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2014.09.16(火)
文・撮影=大沢さつき