“兄弟”に手渡された、一枚のボロボロの写真
浅野 さらに、帰国から4年後、父は地元で知り合った女性と再婚していたという事実が分かったの。その女性には、連れ子である二人の息子がいた。
近田 人に歴史ありだね。
浅野 「ファミリーヒストリー」は、忠信と私の二人が、忠信が映画のロケで滞在していたロンドンのホテルの一室で調査映像を観るという体裁だったんだけど、最後、その現場に父の継子二人がわざわざアメリカから会いに来るというサプライズが用意されていたのよ。
近田 ……泣いちゃうよね。
浅野 そりゃあ、忠信ともども、号泣しながらハグしましたよ(笑)。その場で手渡されたのが、ボロボロのウォレットだったの。その中には、一枚の写真が入っていた(と、その現物を示す)。
近田 うわっ、これ、小さい頃の順子さん?
浅野 そうよ。父は、この写真を肌身離さず死ぬまで持ち歩いていたんですって。その時、彼が1992年に65歳で亡くなっていたことを知りました。
近田 どれだけ愛されていたかが分かるよ。しかし、20年近く経ってから、実の父の没年を知ったわけだね。
浅野 そして、葬儀の際、父の棺を覆ったというアメリカ国旗も送られてきたの(と星条旗を広げる)。
近田 これは貴重なものだね。
浅野 もしも、あの番組がなければ、父の後半生について、私はずっと知らないままだったかもしれない。
近田 よかったよかった。俺のとこにも、「ファミリーヒストリー」の出演依頼が回ってこないかな。何か知られざる事実が判明するかもしれない(笑)。
浅野 おすすめします(笑)。
近田 お父さんと音信が途絶えた後、浅野母子はどんな風に暮らしていたの?
2025.01.15(水)
文=下井草 秀
撮影=平松市聖