「去年辞めた、浅桜さんですか?」

「そうそう。浅桜も三年目でプリセプターやってたんだけど、同じくらいの時期にやっぱり悩んでて、この公園で話したの思い出したわ」

「え、そうだったんですか? 浅桜さん、優しいし教えるのうまかったし、悩んでいるの想像つきません」

「そうだよね。でも、当時はけっこうしんどそうだったよ。プリセプターは、三年目くらいにとって一番の試練なのかもしれないね」

「……卯月さんもプリセプターってやりましたよね? 卯月さんのプリ子は、どんな人だったんですか?」

「私のプリ子ね……」

 きりっとした加藤比香里の顔を思い出す。今は救急でバリバリ働いているはずだ。

「すごい気の強い子だったかな。勉強はよくするし、正義感が強くて真面目だったけど、なんていうか、協調性に欠けたというか……」

 懐かしくて思わず笑みがこぼれる。

「たとえば……オムツ交換にまわっていたとき、意識のない患者さんの個室に入ったとたん、ヘルパーさんたちが笑いながらおしゃべりを始めたんだよね。なんか芸能人のスキャンダルみたいな、仕事とぜんぜん関係ない話。私は、大きな声じゃなかったしそこまで気にしなかったんだけど、プリ子が怒っちゃって。『意識はないかもしれませんが、耳は聞こえていると思います! 芸能人の不倫とか、どうでもいいことをしゃべりながらケアをするのはおかしいです!』って。ヘルパーさんたちは新人に指摘されて気分害しちゃって、結局主任が介入して両者に注意して終わったんだけど、プリ子は納得していなかったねえ」

「ええ……新人でそれを言ったんですか!」

「そうそう、すごい子でしょ? ちょうど五月か六月くらいだったから、今の北口くらいかな」

 遠野は口を開けて驚いた。

「ヘルパーさんたちはかなり年上の方もいらっしゃったから私はヒヤヒヤしたんだけど、言っていることは正しいのよね。でも生意気だと思った人はいただろうね」

「そうですよね……それはそれで、卯月さんも大変でしたね」

2024.11.08(金)