「香坂さん、お元気そうでよかったですね」

「うん、ほんと」

 外は風が強くてぼうぼうと髪が乱れた。それでも、胸にあたたかいものが満ちていく。

「自分がつらいときに、会いたくなる人がいるのって、いいことですよね」

「うん。いいことだね」

 二人でバス停まで歩く。きっと山吹も、恋しい人を思い浮かべているのだろう。

「なんか、香坂さんかわいかったですよね」

 山吹が吹きだす。

「かわいかったね」

「香坂さんって普段けっこう怖いですけど、そりゃそうですよね。師長なんて、厳しくなきゃやっていられませんよね。患者さんのことはもちろん考えなきゃいけないし、看護師のこともヘルパーさんたちのことも見ていなきゃいけない。私たちがいつも頼りきってる御子柴さんだって、何か相談するとなったら相手は香坂さんだろうし……それに病棟業務以外にも仕事あるんですよね。大変だよなあ」

「そうだね。私たちには見せないだけで、香坂さんもいろいろ抱えていたんだね」

「手術は大変だったと思いますけど、しっかり休んでほしいですね」

「うん。ゆっくりして戻ってきてほしいね」

 仕事をしていると、いくら勉強してもわからないことばかりだ。知識ばかりつめこんでも、答えがいっこうに見つからない。

 でも、スーパーウーマンに見えていた上司だって、弱音を吐きたいときがある。悩みのない完璧な人間などいないのだ。

 家に帰って、千波の写真に話しかける。

「風邪ひとつひかないような香坂さんが入院なんてね。でも、あのパワフルな香坂さんを支えているのは旦那さんだったんだなって、今日会ってみてわかったよ」

 やっぱり家族の存在って大きいんだな。

 もし私が今後大きな病気をしたら、一番の支えは誰になるのだろう。家族や友達、同僚たちの顔を思い浮かべる。みんなそれぞれ力になってくれる気がするけれど……。

「もし本当に病気になったら、相手が誰であってもちょっと気を遣っちゃう気もするね」

 千波に声をかけて、ソファにごろりとねころんだ。

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2024.11.08(金)