私は今日出るであろう課題を思い浮かべる。うん、なんとか今晩中に終わらせよう。
【明日日勤だから、そのあとなら行ける。行きたい】
【私も日勤なんで、仕事のあとに一緒に行きましょう】
【ありがとう。よろしく】
山吹から猫のスタンプが送られてきた。それを既読にして、二個目のおにぎりの包装を開ける。晴菜は静かにお茶を飲んでいて、雨の音がラウンジの窓をたたいていた。
香坂さんが入院している白鳥病院は、青葉総合病院からバスで三十分ほど走ったところにあった。規模は青葉総合病院の方が大きいけれど婦人科の外科が有名な病院だ。
香坂さんは以前婦人科で働いていた経験があり、そのときに親交のあった女医さんが在籍しているらしい。
「お見舞いにいった子たちは、何も差し入れはいらないって言われたらしいんですけど、さすがに手ぶらってわけにいきませんよね」
バスから降りて、山吹とてくてく歩く。その手には、紙袋がぶらさがっていた。お見舞いにいくと決めた日に、クッキーを買いにいってくれたらしい。気の利く子である。
自分が働いているところじゃない病院というのは、なんとも居心地が悪い。自分が患者になったわけでもないのに、妙な緊張感がある。
普段面会に来るご家族や外来に通院している患者さんたちは、いつもこんな落ち着かなさを感じているのかな。当たり前のことだけれど、これからもできるだけ親切に対応しよう、と改めて心に決める。
「なんか病院って、やっぱりなるべくなら来たくない場所ですよね」
同じようなことを思ったのか、山吹がぼそっと言った。
婦人科病棟のナースステーションで面会者の記載をし、廊下をすすむ。個室のネームプレートのところに「香坂椿」と書いてあった。
ドアをノックしようとしたとき、室内から談笑する声が聞こえた。面会中かな。
控えめに、三回ノックをする。「失礼します」と言いながらドアを開けると、広い個室にベッドがひとつあって、香坂さんが背中を起こして座っていた。そして、ベッドのすぐ横にいる人を見て、私は思わず目を見開く。
2024.11.08(金)