本書は2006年4月に刊行され、現在まで26刷を重ねるロングセラーとなった『臆病者のための株入門』に「臆病者のための新NISA活用術」を加えて、新版としたものだ。とはいえ、長く親しまれた親本の記述を活かす意味でも、本文には最低限の加筆・修正しか加えていない(P251の「参考文献 さらに詳しく知りたいときは、この本を読もう。」は全面的に書き下ろした)。

 親本から20年ちかくたってもそのまま読んでもらえるのは、本書がファイナンス理論の標準的な説明だからだ。

 1950年代になると株式や債券の詳細な取引データが入手できるようになり、経済学者らはそれを使って市場をモデル化できることに気づいた。こうして金融市場は数学の天才たちによって徹底的に研究し尽くされ、多くのノーベル経済学賞受賞者を輩出して70年代に完成したのがファイナンス理論だ。

 金融市場の情報が瞬時にすべて公開され(効率的市場仮説)、値動きが正規分布することを前提とするならば、理論の正しさは数学的に証明されているので、それに付け加えるものはなにもない。

 その後、市場は完全に効率的ではなくつねに小さなバグ(価格の歪み)があることや、正規分布ではなく、リーマンショックのような極端なことが間欠的に起きる複雑系のロングテール(べき分布)であることがわかったが、ファイナンス理論が金融リテラシーの基礎であることに変わりはない。

 ファイナンス理論から導かれるシンプルな結論は、「初心者は難しいことを考えず、世界株のインデックスファンドに長期の積み立て投資をすればいい」になる。このアドバイスは、金融市場に対する新たな知見が積み上がっても通用する。このことは、次のように説明できるだろう。

 図①は、1800年を1として、紀元前1000年から2000年までの人口1人あたりの所得の推移を示している。

 この図を見てわかるのは、人類のゆたかさは2800年かけてもほとんど変わっていなかったことだ。時間軸を50万年(ホモ・サピエンス誕生)や500万年(最初の人類の誕生)まで延ばしても、おそらくたいしたちがいはないだろう。旧石器時代の狩猟採集生活でも、中世の都市や農村でも、ひとびとはかつかつでなんとか生きていたのだ。

2024.11.07(木)
文=橘玲