サピエンスがユーラシア大陸の全域に拡散した氷河期の終わり(紀元前1万2000年)でも、世界の人口は600万人程度だったらしい。それが紀元前1万年前後にはじまった農業革命によって人口爆発が起き、世界人口は最大で100倍にまで増えた。その結果、世界全体の富は大きくなったが、そのぶんだけ人口も増加しているため、一人あたりのゆたかさはほとんど変わらなかったのだ。

 ところが18世紀なかばにイギリスで始まった産業革命によって、それまでの人類史とはまったく異なる、指数関数的なゆたかさの時代が始まった。

 物理学では、熱せられた水が水蒸気に変わるような出来事(ある系の相が別の相に変わること)を「相転移」という。その境界が臨界状態で、水がはげしく沸騰する。人類は農業革命で人口と文化の相転移を、産業革命でテクノロジーとゆたかさの相転移を経験したのだ。

 未来は不確実でこれからなにが起きるかは誰にもわからないが、世界経済の推移については大きく4つの考え方があるだろう(図②)。

「①楽観主義」は、テクノロジーはこれからもますます発展し、産業革命以降の指数関数的な成長がこれからも長期にわたって続くと考える。

「②現実主義」は、産業革命は人類史に起きた唯一の出来事で、今後も一定の成長は続くだろうが、物理的な制約によってイノベーションは低調になり、いずれは平衡状態になると考える。

「③悲観主義」はすでに低成長の時代に入っていて、これまでの300年間のような指数関数的なゆたかさの拡大は終わってしまったと考える。

 そして「④絶望主義」は、気候変動や環境の制約によって成長は負のスパイラルに落ち込んでおり、やがて映画『マッドマックス』のような世界が訪れると考えている。

 世界株のインデックスファンドを長期に積み立てるのは、産業革命以降の経済成長にベットする(賭ける)投資戦略だ。このうちどのシナリオが正しいかは一人ひとりが判断することだが、もしあなたが①の楽観主義者か②の現実主義者なら、本書で書いたことを実践すればいいだけだ。

2024.11.07(木)
文=橘玲