「ご体調は良さそうですね」
ようやく頭の整理がついてきて、私は香坂さんに声をかけた。
「おかげさまでね、順調みたい」
「よかったです。手術、お疲れ様でした」
「ありがとう。病棟は大丈夫そう?」
「はい。まあ、それなりにいろいろありますけど」
私は、桃ちゃんのことを思い浮かべながら返事をする。
「そりゃそうよね。まったく何の問題もないなんてことは、あるはずないわね」
香坂さんは軽く肩をすくめた。
「ご病気がわかったとき、すぐに旦那さんを呼び出したんですか?」
山吹が嬉しそうに聞く。こういう風にしてこの子はいろんな人の情報を悪気なく集めているんだろう。
「そうねえ。すぐ、というほどじゃなかったんだけど」
香坂さんが、指先をあごにあてて首をかしげる。
「久しぶりに連絡がきたと思ったら、病気が見つかったって言われて、びっくりして会いに来てみたら、あっという間に入院だ。ギリギリのタイミングだったよな」
旦那さんが両手をひろげて降参のようなポーズをとった。
「うーん」と言ったあと、香坂さんは少し笑った。
「病気がわかった日は、まだ冷静だったのよ。手術の説明のときは旦那に来てもらわなきゃいけないってわかっていたし、それまでは連絡しなくてもいいと思っていたの。でも、日がたつにつれてどんどん不安が大きくなって、なんだか怖くなってしまってね」
ふーとため息をついて続ける。
「仕事はやりがいがあるし、普段はひとりでも何も不自由はないわ。あなたたちみたいに、かわいい部下にも恵まれた。でも、いざ病気になって自分が弱っていったとき、初めて誰かを恋しいと思ったのよ。それで、自分で思っていたより早く、この人を呼び出してしまったわけ」
最後は少し言い訳めいた口調だったが、それは照れ隠しだとわかった。
「なんか、めっちゃのろけられてる気分なんですけど!」
山吹の声に、香坂さんは眉間にしわをよせて「そんなんじゃないのよ」と山吹の肩を叩いた。
2024.11.08(金)