店名は変わっていないのに……

 南口を出てすぐの路地に「閻有記」はある。しかし、具体的にこの店を褒める言葉があまり思いつかない。なんとなく居心地がいい。なんとなく料理との相性もいい。店で働く中国から来ているご夫婦もはつらつとしていて気分がいい。特に麻辣刀削麵がお気に入りで、ひとりだったり、妻とだったり、時々訪れるお気に入りの店だった。頻繁に行っていた訳ではなかったかもしれないが、街でご夫婦とすれ違うと挨拶なんかもしたり、席についた途端に「麻辣刀削麵?」と訊かれたこともあったほどの関係ではあった。シェアハウスを解散した後も、度々訪れてはいたのだけど、2022年ぐらいだっただろうか、ある日訪ねてみると、店名は変わっていないのに、メニューと店で働く人がガラッと変わってしまっていた。ショックを受けたが、変わってしまった「閻有記」の料理もおいしかったことは書き加えたい。新しく入った店員さんに「以前こちらで働かれていたご夫婦はお元気でしょうか?」と尋ねてみると、「よく知らないんだ」と返されてしまった。本当に知らなそうな様子だった。その会話を終えると、別の席に座っていた方から声をかけられた。「あの……私、今のお店も好きなんですけど、前のお店のファンで。この前、たまたま神楽坂のお店に適当に入ったら、ここで働いていたご夫婦が新しく始めたお店だったんです。香港酒家というお店でした」というではありませんか。

 私は教えてもらった場所をメモして、すぐに向かった。しかし、その時はランチということもあり、大盛況。おとなしく麻辣刀削麵だけ食べて帰ってきたのだけど、先日、あるライヴの帰り道にたまたま寄ることができた。やはり麻辣刀削麵を食べ終え「覚えていないかもしれませんが~」と声をかけてみると、「いや~なんか見覚えあるなって思っていたんだよ!」と思い出してくれて、一通り再会を喜んだのち、「ランチの営業終わったらお店は休みだけど、私たちお店にはいるからもしこの辺歩いてて疲れたら涼みにきてよ!」なんて言ってくれた。ちょっと角度が独特だな、と笑ってしまった。日記にも書かれなかったような私の日常にあったのはこの麻辣刀削麵だったりしたわけだ。

澤部 渡(さわべ・わたる)

2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。2022年11月30日に新しいアルバム『SONGS』をリリースした。
https://skirtskirtskirt.com/

Column

スカート澤部渡のカルチャーエッセイ アンダーカレントを訪ねて

シンガーソングライターであり、数々の楽曲提供やアニメ、映画などの劇伴にも携わっているポップバンド、スカートを主宰している澤部渡さん。ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部さんのカルチャーエッセイが今回からスタートします。連載第1回は新譜『SONGS』にまつわる、現在と過去を行き来して「僕のセンチメンタル」を探すお話です。

2024.08.22(木)
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ