的確なコメントを残した直後、次郎丸くんはADの子から呼ばれ、そちらの対応に向かっていった。

「何から何までその通りすぎて本当に」

 本当はこの子はすぐにでもディレクターに上げて、VTRの一本でも作らせるべき人材なのだ。

 私はスイッチを切り替え、スタジオしも側の長机に駆け寄り、ノートPCを置いて指を走らせる。勇崎さん登場のシーンに間に合わなかった場合はそのくだりなしで行けるように、台本を切り貼りしていく。今から書き上げてプリントアウトしてカンペにも反映してもらって――段取りを脳内で組み立てながら、勇崎さん不在バージョンの台本を整える。

「勇崎さん遅刻だって? 大変だな、コーラちゃん」

 この世で最も私の神経を削るタイプの野太い声が、背後から飛んで来た。

「山田さん、お疲れ様です。早いですね」

「まあ、俺が色々注文つけさせてもらったわけだし、現場見に来ないと駄目っしょ」

 編成局長の山田さんは、余裕をにじませるような口調のわりに目がまったく笑っていなかった。ただ、山田さんの周囲三十センチだけ九〇年代の空気を保存してあるかのように、かつてテレビが絶頂期を迎えていた頃の輝きをまとっている。

「山田さんからも連絡取れないですか?」

「全然つながんないわ。あの馬鹿、昔から時間と金勘定にはうるさいクチだったんだけどなぁ」

 山田さんは勇崎さんと同い年で、なんと中学の同級生だという。昔から悪ガキとして二人でつるんでいたらしい。その辺の武勇伝は暗唱できそうなほど聞かされていた。何しろ、今回の特番に勇崎さんの出演を取りつけてきたのは山田さんなのだ。

 取りつけてきたというとお手柄のように聞こえるが、もう少し実際的な表現をするなら“ねじ込んできた”と言う方が的確だと思う。八割方固まっていた台本を勇崎さん中心に作り替えて出し直させられたときは深夜のデスクで泣き言の見本市を開いた。

 自分が無理矢理入れた俳優が遅刻となればもう少し申し訳なさそうな雰囲気を出しても良さそうなものだが、彼は自分が部下に謝るという選択肢を持ち合わせていないタイプのお偉いさんだった。

2024.07.07(日)