急速に進歩する睡眠研究
この本で私がこれから話をしていくのは、睡眠の新常識についてです。
人間が1日のうちの3分の1もの時間を費やして眠ることについて、みなさんにはどんな思いがあるでしょうか? ある人は、「何もしないムダな時間が人生の3分の1もある」と考えるかもしれません。またある人は、「日中の疲労を回復して健康を維持するためには必要な時間だ」と思っているかもしれません。そのどちらもが間違いではありませんが、正解でもありません。なぜなら、その考えは旧来の睡眠の常識にとらわれたものであるからです。
人間の睡眠についてのこれまでの言説は、極端に睡眠が少ない状態は健康をそこなってしまう、あるいは病気の発症に関係するのだから健康のためには重要だという、ほぼ経験則や目前の症例に基づいた知識から形成されてきました。科学的な睡眠研究にも長い歴史があります。しかし、ヒトの睡眠中は無意識下で何らかの生体活動が行われているようだが詳細は見えない、よって謎が多い活動である、との見解に留まってきました。
こうした睡眠研究の長く停滞した状況から、今日の私たちの睡眠についての常識も作られてきたのでしょう。
しかし、ここに来て睡眠の研究は、急速な進歩を遂げています。これまでの停滞を打ち破るようなまったく新しい理論的な研究も芽生え、睡眠の謎も少しずつ解かれつつあります。なぜ私たちは眠るのか、眠っている時には何が起きているのか? 続々と発表される新たな発見が今後確かなものとして証明されていくことになれば、これまでの睡眠の常識や概念が刷新されていく可能性があります。
その新常識になりそうなのは、「睡眠は人間の成長、特に脳の神経細胞の成長に必要不可欠な、極めて大切な時間である」という、私たちの理論的な研究と観察による実験に基づいて導き出されつつある、人体の現実です。
「成長」と言うと若年層の身体的な変化、発達を想像するかもしれませんが、それにとどまりません。脳を構成し、情報の伝達と処理を担うヒトの無数の神経細胞は、年老いても日々、進化的な成長を続けています。すべての人にとって睡眠は健康のために、何より人間の知的活動のために、極めて重要な時間なのです。特に脳にとっての睡眠は、「日中よりも神経細胞がさらにアクティブに活動する時間である」とさえ言えるかもしれないのです。
2024.07.05(金)