早く山田さんから逃れたい一心で足を動かしていた私は、バミリ用の養生テープが足元に転がっていることにまったく気がつかず、そいつを思い切り踏みつけて前進しようとした結果、盛大に転んでしまった。

 恥ずかしさで体温が十度くらい上がったんじゃないかと思った。

「何してるんだ」

 山田さんの呆れた声が、私の羞恥心を加速させた。一刻も早く体勢を整えようとして起き上がるが、足首を変な角度で曲げてしまい、うまく立ち上がることが出来なかった。

 自分の重心を見失いながら、「二度も転ぶわけにはいかない」という思考で脳が埋め尽くされる。私は数歩よろめきながらも、なんとかこの身体を再び床に這わせるのを防ぐために、手近な物体に手をついた。

 これが、身体を支えるための物体としては考え得る限り最悪のしろものだった。ADの子の「あっ」という短い声に、私は自分の運命を悟った。

 私が手をついたのは、番組中の罰ゲームで使うビリビリ椅子だった。別に、電流さえ流れていなければ何の変哲もないただの椅子であり、本番中ですらない今は絶対に電流など流れていないはずなのだが、テストしたADがスイッチをオンにしたままにしていたらしい。本来は衣服の上から流れる想定で調整してある強さの電流が、裸のてのひらを入場口にして私の身体じゅうへ駆け巡った。ドジと不幸の合わせ技一本。

 痛みに身構えていない、むしろ転倒から起き上がろうとする無防備そのものの状態から全身の激痛。なすすべなく叫びながら床に倒れ込んだ。床が針の山になったのかと思うくらいに痛みが続いて手が動かない。息を吐ききるように、えぐい、という三文字の感想がこぼれる。

 うめきながら床を転がっていると、徐々に痛覚以外のいたさ――スタッフたちから刺される視線に気づいた。この現場を仕切る人間が床を転げ回る姿は控えめに言っても滑稽すぎる光景だろう。若いADの子たちからおじさんのカメラマンたちまで、一様に笑いを嚙み殺すようなぷるぷるした顔をしていた。

2024.07.07(日)