たんに自分を貶める人から離れればいいというわけじゃない

ーー【あや】もそうですよね。私なんか何もできないわと言っていた【あや】がバイトを始めて、弱気になる友人に「年齢なんてただの数字でしょ?」とハッパをかけるまでに変わってゆく姿に、ハッとさせられます。

 【あや】が郷里の父親に「帰ってきてもいいぞ?」と言われて踏みとどまるシーンがありますが、なんでそれじゃダメなんだろうと考えると、養ってもらう相手が夫から父親にかわるだけじゃ、やっぱり何の解決にもならないんですね。自分の尊厳を取り戻すって、たんに自分を貶める人から離れればいいというわけじゃない。

 【けいと】も強いようで、会社の中では一人称を「僕」から「私」に変えて、自分を抑圧して生きてきて。自分を貶める男と別れて、女性の恋人ができるんだけど、それで【けいと】の問題が解決したわけじゃない。

 自分がどういう人間か、どう生きたいか、考えて、思い出して、自分自身が自信を付けていくことが大切だと思うんです。

ーー【あや】や【けいと】のように、自分に影響を与えてくれる人との出会いも大きいですよね。

 大きいですね。私の場合は『ノンバイナリーがわかる本』との出合いが大きかったので、別に人でなくても、マンガでも映画でもいいと思う。人の書いたものに出合うことも、友達ができることと一緒だと思うし。誰かを通して、自分が知らなかった世界を知ることで、まだ気付いてない自分を発見できる。私はこれが好きなんだなとか、こういうことに引っ掛かるんだなとか、ネガティブなことの中にも自分を発見するヒントがあると思う。

ーー自分を発見することは痛みを伴うこともありますが、やっぱり楽しい?

 楽しいですね。私は自分を発見すると、すごく喜びを感じるタイプなんです。たとえ現実は変わってなくても、自分が何者かわかると、それだけでラクになれたし、喜びを感じられる。そういう人はいっぱいいると思うので、そのヒントになるものを、自分は漫画という言語を使って描いていけたらなと思ってます。

南Q太

1969年島根県生まれ。92年ワニマガジンより漫画家デビュー。著書に『ひらけ駒!』(全8巻)『ひらけ駒! Return』(全2巻・いずれも講談社)『私の彼女』(上下巻・双葉社)『グッドナイト』(2巻発売中)『スクナヒコナ』(全4巻)『さよならみどりちゃん』(全1巻・以上3作品すべて祥伝社)など多数。2024年8月2日(金)に、『ボールアンドチェイン』2巻と『南Q太傑作短編集 ぼくの友だち』(いずれもマガジンハウス)が同時発売予定。
『ボールアンドチェイン』はSHUROで連載中。
https://shuro.world/manga/ballandchain/
作者公式SNSアカウント @murasakibashi

ボールアンドチェイン 1

定価 1,320円(税込)
マガジンハウス
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2024.06.17(月)
文=井口啓子