「俳優・中村倫也」のイメージが書き換わる鮮烈な演技を映画館で観てほしい

 観客にとって、舞台は面白い。目の前で演技が紡がれ、物語が立ち上がる過程に立ち会えるから。

 演者にとって、舞台は怖い。その瞬間の地力が一切のフィルターなく晒されてしまうからだ。

 “生”であるということ。個々人の発信における編集や加工が日常生活に浸透しきったいま、その形態に対する畏怖はより高まっているのではないか。「俳優の真価を観たいなら舞台」とは玄人ファンがよくいう言葉だが、さもありなん。逃げられない・繕えない舞台ならではの環境と絶妙にリンクし、かれらのプロの業(わざ)を堪能できる。演者においてはリスキーな空間だが、そのぶん掌握出来たときの見返りは大きい。表現力のスキルアップはもちろん、目撃者たちを虜にする拘束力――今風にいえば「沼に沈める」効果は絶大だ。そうした一発勝負の場で、勝ち続けてきた表現者がいる。その名は、中村倫也。

 映画・ドラマ・CMと引っ張りだこの国民的俳優だが、彼はキャリア初期から現在に至るまで舞台に立ち続けてきた。年に1本ペースで、ここ10年弱はほとんどが主役。当然「座長」としてセリフ量やかかる責任すべてが桁違いだろうが、中村は涼やかにさらりとこなしているように魅せ、苦労を我々には見せないエンターテイナーだ。それが故に彼のイメージは「飄々としている」と言われがちなのだが、そんな中村倫也の限界突破といっていい“熱量”を目の当たりにできるミュージカルが、「劇場版」として全国の映画館で上映される。中村が若き日のベートーベンに扮したMUSICAL『ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』(2023年2月24日公開)だ。

 音楽の才能にあふれるベートーベンを襲う、難聴。絶望の中で彼はどのように生き抜いたのか――。その壮絶な半生を描く本作。ドラマ『ハリ系』(07)、舞台『流れ姉妹 たつことかつこ ~獣たちの夜』(09)、『八犬伝』(13)、残酷歌劇『ライチ☆光クラブ』(15)と多くの作品を中村と歩んできた演出家・河原雅彦が上演台本・演出を手掛け、2018年に韓国で生まれたミュージカルに挑んだ。共演は、ディズニーによる実写映画『アラジン』(19)で中村と共に吹替を担当した木下晴香、木暮真一郎、高畑遼大、大廣アンナ、福士誠治といった面々。2022年の10月から11月にかけて、東京・大阪・金沢・仙台の4都市で上演された。

2023.02.24(金)
文=SYO