CREAが取材してきた数多の温泉宿から、ひとりに優しい魅力ある温泉宿をセレクト。いつか訪れたい憧れの宿、再訪したい思い出の宿、絶景を楽しむサウナも併せてご紹介。

 歴史ある優れた建築と向き合うのも、ひとり温泉の醍醐味。歳月を重ね、こだわりあるお手入れが施された館内で、心と体の休日を。


ひとり、審美の目と心を養う

●旅館すぎもと[長野・美ヶ原温泉]

 民藝。その始まりをあえて言えば、思想家の柳宗悦らが、名もなき身のまわりの生活道具に美を見出したことから。その根っこは、他者からの情報や評価にとらわれず、自分だけの感覚を持つことにある。

 長野県松本市にある「旅館すぎもと」。「民藝の宿」としてすっかり知られた存在だけど、ひとりで訪れてみると、いわゆる“民藝的設え”のみならず、自分の中の“民藝的感覚”を見つめ直すきっかけも与えてくれる。

「器にしても、いくら名のある作家もので揃えても全然洒落てないですよね。石があり、土ものがあり、磁器があり、といろんなものを組み合わせないと。旅館の面白いのはそういうところです」

 そう、語ってくれるのは、館主の花岡貞夫さん。17室という客室は少なくない。だが感じるのは、そんな生粋の趣味人である氏の流儀が至るところに溢れていること。お膝下である松本民芸家具の家具をはじめ、壁に飾られた絵や版画、壺や花器、織りや染めものなど。有名無名問わず設えられ、さながら私設のクラフトミュージアムのようだ。

 また立派なオーディオセットがロビーやすべての客室に設置され、驚くほどの良質な音を滞在中楽しめる。昭和初期に建てられた建物の梁組みを残して改装する、今でいう“古民家再生”をいち早く取り入れたのも特筆すべき。

「古い家っていうのは、それ自体が民藝なんですね。柱や床板ひとつとっても国産材の、今じゃ手に入らない本物です」

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CREA Due 2026年1月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。