言葉では説明できない心の機微に触れる細やかな感情を描き出し、熱烈な支持を集めてきた漫画家・南Q太。その最新作となる『ボールアンドチェイン』は、【あや】と【けいと】という女性の肉体を持った2人が、「女」「妻」「母親」「普通」といった自分を縛るものに気付き、人生を取り戻してゆく物語。ジェンダーやセクシャルマイノリティといったテーマを孕みながらも、自分という存在の弱さや曖昧さに悩むすべての人の心に刺さり、背中を押してくれる。心強い「友達」みたいな本作が生まれた背景について、南Q太さんに話を聞いた。


「普通の専業主婦のおばさん」なんているの?

ーー『ボールアンドチェイン』という作品はどのように始まったのでしょう。

 「SHURO」(マガジンハウスが運営するマンガサイト)の編集者の方に、何か描いてほしいと声を掛けてもらったんです。その頃、自分的にもちょうど行き詰まってて、何が描きたいのか全然わからなくて休んでたんです。でも、サイトの立ち上げまで1年ぐらい時間があったので、編集さんと打ち合わせをしながら、自分が何を描きたいのか手探りで見つけていった感じでした。

ーー本作の主人公は、冷めきった家庭で所在のなさを感じている専業主婦の【あや】と、結婚を考える恋人がいながらも性自認に悩んでいる【けいと】です。この2人を主人公にしたのはなぜですか。

 「SHURO」と同時に『GINZA』のwebでも掲載するということで、編集者からは最初、主人公は30代の働いている女性がいいと言われていたんです。なのでそういう女性を主人公に描き始めたんですが、私は会社で働いたことがないので、30代の会社員の女性の生活がわからないし、彼女がなんでそういう人間なのかもわからない。逆に、3話ぐらい描いた中に登場した、主人公がなんとなく惹かれる中性的な女性の方がわかるし、こっちを描きたいなって。

 それと同時に、主人公は別におばさんでもいいんじゃない? とも考えていて。その方が自分にとってはリアルで描きやすいし、だったら主人公を2人にしよう、その方が読む人も限定しないなと思ったんです。

2024.06.17(月)
文=井口啓子