「そうしたらどういういんねんか、やっぱり十年くらいして、奥さんも急に亡くなっちまった。心臓の発作だったらしい。医者の見立てじゃ、いわゆる突然死で、本人も知らない間にさんの川を渡ったんじゃないかってことだ」

「苦しまなくて何よりだったが、若すぎたよ。米田さんも、秋ちゃんも」

「旦那さんがあの世で寂しがって、迎えに来たんじゃないかって言うやつもいたな。米田さんはそんなケチなりようけんじゃねえってのに」

「子供もいなかったんで、店は売りに出て、人手に渡った。似たような居酒屋が二、三軒続いて、今のさくら整骨院で五代目くらいかな」

「米屋がなくなって、正確には何年になるかなあ。平成に入って二年目か三年目だったはずなんだが、思い出せない」

 客達はそれぞれ思い出すまま口を開いた。

「米田さん夫婦は良い人だったよ、夫婦そろって折り紙付きの」

 女性客が仁の方に身を乗り出した。

「お兄さんの言うとおり、秋穂さんは愛想が良くて親切で、明るくてサッパリしてて、本当にい人でしたよ」

 仁は引き込まれるように頷いた。

「秋穂さんのこと、覚えていて下さいね」

「はい」

 女性客は目を潤ませた。見れば主人夫婦も先客達もみな、目を潤ませている。

「この年になるとね、あの世とこの世は地続きで、隣町みたいな感じになるの。だから、死んでも全部終わるわけじゃないって思うのよ。自分のことを覚えていてくれる人がいなくなったとき、人は初めて、本当にあの世に行くんだなって」

 仁は力を込めて頷いた。

 昨日米屋で会った秋穂はゆうれいだったのかも知れない。だが、仁の気持ちを解きほぐし、勇気を与えてくれた。それなら、人間だろうがゆうれいだろうが、どうでも良い。秋穂は仁の友なのだ。

 女将さん、どうもありがとう。俺、お陰で新しい道に進めるよ。

 仁は心の中でそっとつぶやき、頭を垂れて手を合せた。

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2024.06.12(水)