駅を降りてからもう三十分も歩き回っている。

「何故見つからないんだろう?」

 仁は独りごちて周囲を見回した。焼き鳥屋とレトロなスナックの看板には見覚えがあった。その二軒にはさまれて「米屋」があったはずなのに、今目の前にあるのは、すでにシャッターを下ろした「さくら整骨院」だった。

「変だなあ」

 仁は思い切って、焼き鳥屋の戸を開けた。

「いらっしゃい!」

 店はカウンター七席とテーブル席二つ、初老の夫婦がカウンターの中にいて、客は四人、みんなカウンターに腰掛けていた。女性客も一人いる。その四人がいつせいに仁を振り返ったので、ちょっぴりたじろいだ。きっと、ご常連さん以外は滅多に訪れない店なのだろう。

「お一人さんですか? カウンターにどうぞ」

 女将さんが空いている席を指し示した。主人の方は黙々と焼き鳥を焼いている。夫婦とも七十くらいだろうか。四人の先客も七十から八十という見当だった。

「あのう、すみません、ちょっとお尋ねします。米屋という居酒屋をご存じありませんか?」

 その瞬間、主人夫婦と四人の客が、ハッと息をむのが分った。

「……昨日来たときは、お隣にあったような気がしたんですけど」

 六人の視線が突き刺さり、仁は後ずさりしそうになった。

「昨日って、どういうこと?」

 女将さんが厳しい顔つきで訊いた。まるで不審尋問のように。

「昨日、米屋に行ったんです。その時、女将さんに今日も来るからって約束したんで、今、店を探してるとこなんですけど」

 主人夫婦も、客達も、まるであり得ないことを聞かされたように目を見張り、顔を見合わせた。女将さんの目は明らかにおびえていた。

「それは、本当のことですか?」

 今度は主人が尋ねた。

「なんでウソく必要があるんですか?」

 仁はわけが分らず、いささかムッとした。

「行きましたよ。カウンターだけの店で、壁にいっぱい魚拓が貼ってあって、ガス台に煮込みの鍋がかかってて。女将さんは五十くらいの、愛想の良い親切な人でした。小柄で丸顔で髪がショートで、白い割烹着を着て……」

2024.06.12(水)