私の『神戸在住』を探して…

 ひと気のない長田神社でお参りをして、地図アプリを開き、大体の方角を決め、適当に歩きはじめる。大きなドラマの予感も、急勾配の坂もカーブもないような道を歩く。でもそこに私の『神戸在住』が在るような気がした。長い時間、住宅街を歩いているとJR新長田駅に出る。そこからしばらくはアーケードがあり、にぎやかな街に変わった。にぎやかさも束の間、すぐ工業地帯の景色に変わり、さらに歩いてようやく須磨の海岸に出ることができた。新しい施設があったり、漫画の中で印象的だった須磨海浜水族園も改築中だったが、そこは間違いなく須磨海岸だった。ベンチに腰をおろして自動販売機で買ったポカリスエットを飲み干す。もちろん誰も私に「長田から須磨まで!? 健脚ねえ」だなんて言ってはくれない。でもそれでいい。遠くに見える橋はきっと明石海峡大橋だろう。犬を散歩させる人、ただただ佇む人、浜辺を歩く人、100均で売っていそうな数字の「15」のバルーンを掲げて海辺で写真を撮る女子中学生もいた。その中のひとつに私がいるのだ。それだけでいい。浜辺でぼーっとしたあと、近代的ともいえるきれいな浜辺とは対照的に、エスカレーターどころかエレベーターすら見当たらない古い駅舎のJR須磨駅から電車に乗って三宮に戻る。きっと電車から海が見えるんだ、素敵なことだよ、と期待して電車に乗ったのだけど、少しぼーっとしていたらもう海は見えなくなっていた。

 三宮の駅について街を歩く。記憶のなかの『神戸在住』をめくっていくと、似た風景、かつてはあったであろう風景がいくつも立ち上がっていく。朧げになっているところもかなりある。急に決めたことだったから単行本も持ってきていないため、確認のしようもない。しかし、私の記憶の中の神戸を『神戸在住』を透かしてなぞっていく、その曖昧な感じから湧き立つものがあり、それが心地よかった。

澤部 渡(さわべ・わたる)

2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。2022年11月30日に新しいアルバム『SONGS』をリリースした。
https://skirtskirtskirt.com/

Column

スカート澤部渡のカルチャーエッセイ アンダーカレントを訪ねて

シンガーソングライターであり、数々の楽曲提供やアニメ、映画などの劇伴にも携わっているポップバンド、スカートを主宰している澤部渡さん。ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部さんのカルチャーエッセイが今回からスタートします。連載第1回は新譜『SONGS』にまつわる、現在と過去を行き来して「僕のセンチメンタル」を探すお話です。

2024.06.06(木)
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ