翼を広げてぴょんぴょんと飛び跳ね、文字どおり浮かれるカラスを横目に、青年は「おまえが……?」とあからさまにイヤそうな顔をしている。

「ムスメ、よく聞け! ここにいるトーマは、由緒あるギョウゲツ家の現当主である! ギョウゲツはその特殊な性質ゆえ、伴侶とする者には厳しい条件が課せられるのだ! すなわち、ワシの言葉を理解できるオナゴのみ! ついぞ見つからず、トーマが不憫でならんかったが、今ここにその条件を満たした者が現れた! トーマの嫁だ! めでたい!!」

 は!? と今度はさっきよりも強い声が出た。

「よかったのう、トーマ!」

「何度も言うが、気乗りしない」

「じょっ……冗談じゃないわよ!」

 怒り心頭で、奈緒は大きな声を出した。

 よかったよかったと喜ぶカラスはもとより、顔をしかめる青年にも腹が立つ。なぜ奈緒の意志を無視して、不満げな表情をしているのか。そんなめちゃくちゃな話、気乗りしないどころではなく、断固としてお断りだ。

 いくら自分で人生を決められないとはいえ、喋るカラスを肩に乗せた正体不明の青年の嫁になんて、そんなわけのわからない事態に巻き込まれてはたまらない。

「気の強い嫁だの、トーマ」

「勝手に決めないでったら! 嫁になんてなりません!」

「ウーム、先代当主夫婦が亡くなってから十年、あちこちを探しておったが、こうして嫁自らこちらに来てくれるとは。何度も呼びかけた甲斐があった。ワシの苦労も報われる。いや、これも運命というものか……」

「ちょっと、しみじみしないで! 大体、わたしがここに来たのは雪乃さんが──」

 そこで、はたと口を噤んだ。今になって森に入ったそもそもの理由を思い出し、ぎゅっと眉を吊り上げる。

 素早く手を伸ばすと、カラスの首根っこを引っ掴んだ。

「イテテ、イテテ、コラ何をする、嫁」

「嫁って呼ばないで。それより、さっき雪乃さんを見たって言ったわね? それはいつ? やっぱりこの森の中にいるのね? どのあたりにいるの?」

2024.05.18(土)