「……あっ、えーと、その」
はっと我に返り、奈緒は急いで思考を巡らせた。
今すぐ、全力で、この場から立ち去りたい。聞こえてくるカラスの言葉が幻聴なのかそうでないのかも、もはやどうでもよかった。とにかく、青年にも、カラスにも、おかしなことばかりのこの状況にも、これ以上関わるべきではないと頭ががんがん警鐘を鳴らしている。
「ゆ、友人を捜していたの……でも、そうね、ちょっと無謀だったかもしれないわ」
こうなったら一旦森を出て、誰か大人の手を借りよう。雪乃の両親も、このリボンを見れば考えを改めて警察に任せる気になるはずだ。
じりじりと後退しながら殊勝なことを言うと、青年は納得するどころか、「友人だと?」と片眉を上げた。せっかく後ろに下がったのに、大股で一歩こちらに詰め寄ってくる。やめて、近づいてこないで。
「友人って、どんなやつだ」
「じょ、女学校の……」
「十代の娘か?」
「そ、そうよ」
「ほうら見ろ、ワシがさっき見かけたのは、コレとは別のムスメだと言っただろう」
「雪乃さんを見たの!?」
食ってかかるように叫んでから、あっと思って手で口を塞いだ。
青年とカラスがぴたりと口を閉じ、動きも止めて、まじまじとこちらを凝視する。どっと汗が噴き出した。
「おまえ、今……」
「ムスメ、今、ワシの言葉に返事をしたな!? この声が届いているのだな!? なんと! 見つけた! 見つけた! とうとう見つけたぞ!」
青年は信じられないという顔をしたが、カラスは大喜びではしゃぐように彼の肩の上でバサバサと大きく羽ばたいた。
奈緒は慌てて首を横に振った。
「しっ、知らない! 何も聞こえてない!」
「今さら遅いわ! 逃がすと思うなよ、ムスメ! ようやく見つけたギョウゲツ家の嫁だ! 当主トーマの伴侶だ! めでたい! ワシの役目も果たせた! めでたい! 今日は祝いだ!」
「は、はあ?」
嫁とか伴侶とかの単語が聞こえて、奈緒はぎょっとして目を剥いた。
2024.05.18(土)