夜勤の朝は忙しい。病棟の起床時間、六時になったら病室のカーテンを開けて、部屋が冷えない程度に窓を少しだけ開ける。ほとんどの患者は自分で洗顔ができないから、蒸しタオルで顔を拭く。点滴の交換、血圧や体温などのバイタルサインの測定、食前食後の与薬、血糖値の測定、TFと呼ばれる経管栄養の管理、バタバタとしているうちに、日勤の看護師たちが出勤し始める。八時になれば引き継ぎが始まり、無事に交代だ。たくさんの課題に追われるなか、大岡さんのベッドサイドにときどき立ち止まって「思い残し」を眺める。心細そうな目をしている女の子は、実際ここにいるわけではない。でも、靴下のまま冷たい床に立ちっぱなしで、寒そうに見えてかわいそうに思えた。

 今日の日勤には、新人の本木あずさとそのプリセプターの浅桜唯がいる。新人看護師は、最初の三ヵ月、プリセプターと呼ばれる教育係の看護師にぴったりとくっついて、指導を受けながら独り立ちを目指す。看護師の新人教育にはプリセプター制度が導入されている病院がほとんどだ。新人教育を通じてプリセプター自身の成長を促す仕組みにもなっているから、三年目から五年目の看護師に任されることが多い。ちなみに、浅桜は三年目だ。

 本木は看護記録を見ながら熱心にメモをとっている。浅桜はプリセプターの経験が初めてで緊張しているのか、少し不安気な様子で本木に話しかけている。八時になって引き継ぎが始まると、本木は背筋をピンと伸ばしハキハキと受け答えをしていた。新人だからやる気があるのは大切なことだけれど、肩ひじ張りすぎないといいな、と思う。

 夜勤明けは、眠気よりも脳の活気のほうが勝っていることが多い。一番眠いのは朝の四時から五時頃で、それを過ぎてしまうと、逆に脳が興奮してくるのだ。おそらく、本来ならば眠っているべき時間に活動しているから、自律神経のバランスがおかしくなるのだろうと思う。新人の頃、先輩たちから「夜勤明けのショッピングには気を付けて」と言われたけれど、今ならその気持ちがよくわかる。変なテンションで何でも買ってしまいたくなるのだ。妙に強気になってしまう。早く帰って休んだほうがいいのにどこかへ行きたくなるのも、夜勤明けのおかしな行動の一つだ。

2024.05.11(土)