同じように家族がおらず、一人で闘病している大岡さんが、家族が欲しいと願い一線を越えてしまった男の犯罪をあばいた。何かしらの因果を感じてしまうのは、私に「思い残し」が視えるからだろうか。

「大岡さん、あの女の子の声を聞いたんですか? 薬を飲んですぐ、食事をとらないほど慌てて脚立に登って確認したってことは、助けて、とかそういった声を聞いたのでしょうか。それで、足枷をされている女の子の姿を見た。警察を呼ばなければと慌ててスマートフォンを取り出したけれど、血糖値が下がり始めてしまって、意識を失った。そうだったんでしょうか」

 助けてあげなければ、と大岡さんが強く思った結果、目に焼き付いた女の子の心細そうな姿がきっと「思い残し」として現れたのだ。

 返事のない大岡さんに語りかける。あなたが自分の体よりも優先しようとした女の子、助かりましたよ。「思い残し」、解消しましたよ。意識がなくなっても聴覚は最後まで残ると言われている。どうか私の声が聞こえていますように、と願いながら大岡さんの手をそっと握った。

「卯月さーん、点滴のダブルチェックお願いできますか?」

 山吹の声にはっと我に返る。

「はーい」

 返事をして、私はベッドサイドを離れた。

 点滴のチェックを終えて大岡さんの部屋に戻ると、女の子はいなくなっていた。窓の外には、陽光を反射した桜吹雪がきらきらと舞っている。

ナースの卯月に視えるもの(文春文庫 あ 99-1)

定価 847円(税込)
文藝春秋
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2024.05.11(土)