「すみません、管理人さん!」

 大きな声を出すと、受付窓のレースのカーテンが開き、金縁眼鏡の女性が顔を出した。

「なんですか? あら、あなたこの前の」

 先日私をいぶかし気に見ていた管理人さんは、私のことを覚えているようだった。

「あの、一〇八号室の男の人って一人暮らしですか?」

 気が急いて、口調が速くなる。

「はい?」

「娘さんがいますか?」

「そんな、住人のプライバシー教えられるわけないじゃない」

「そうなんですけど、えっと、今あの部屋で子供が、女の子が足枷をつけられているのを見たんです」

 焦って、言葉が舌先でもつれる。管理人さんは、ぎゅっと眉間に皺を寄せて私の言葉の真意を確認しているようだった。

「本当です。ベランダ側の窓から見えました。白いTシャツにピンクのスカートの、髪を二つに結った女の子です。足首にロープが巻かれて、ダンベルみたいなものにつながれていました!」

 管理人さんは私をじろりと見てから、すぐ横にあったファイルのようなものを開いた。住人の情報が書いてあるのかもしれない。

「女の子、と言ったかしら」

「はい。十歳くらいの女の子です」

「足首にロープは本当?」

「はっきり見ました!」

 信じてもらえるように訴えるしかない。管理人さんは、腕を組み目を瞑って考え込んでいる。そう簡単には協力してもらえないか。でももう一押ししてみよう、と口を開きかけたところで、管理人さんはパッと目を開け、スタスタと受付窓の横のドアから出てきた。華奢で背の低い女性だった。背筋がピンとしていて姿勢がいい。

「一〇八って言ったわね?」

「はい。そうです」

 管理人さんは、早足で一〇八号室の前へ行き、インターホンを押した。少し間があって「はい」と男性の声がする。

「こんばんは。管理人の梶ですけど、遅い時間にすみません。ちょっとお部屋の中を拝見することってできますか?」

「え! 今ですか? なんでですか?」

「申し訳ないんですけど、ペットを飼っていらっしゃるんじゃないかって住人から投書が来たんです。飼っていないならいないで、確認させていただいて、管理会社に電話しないといけないのよ。ごめんなさいね、私も仕事だから」

2024.05.11(土)