管理人さんは、さらっと嘘をついた。機転の利く人だと驚いた。

「はあ……ペットは飼っていませんよ。ちょっと散らかっているんで、今日はお断りしたいんですけど……」

 管理人さんは「……わかりました。失礼します」と意外にもあっさり引き下がった。

「どうするんですか」

 私は管理人さんに詰め寄る。

「念のため、警察を呼ぶわ。受け答えが少し動揺している様子だった。一人暮らしなんだから、部屋を見せたって構わないはず。とりあえず今は、あなたのことを信じるわ。何事もなければ、それでいいんだから」

 そう言って、管理人さんはポケットからスマートフォンを取り出した。

 いつもより早く目が覚めた。眠りが浅かった気がする。警察の人と話す機会なんてないから、緊張して疲れたのかもしれない。出勤まで時間に余裕があるから、ゆっくり朝ごはんを食べる。お湯を注げばできるカボチャのポタージュをスプーンでかき混ぜながら、焼きたてのトーストを頬張った。

 出勤するとすぐに、大岡さんのベッドサイドへ行き、静かに話しかける。

「大岡さん、グレイス港台の女の子、無事に保護されましたよ」

 管理人さんが警察を呼んで、事情を説明した。私も話を聞かれた。警察は念のためと男性の室内を捜索し、女の子を発見した。女の子は、男性の子供ではなく、連れ去った子だったそうだ。男性は現行犯で逮捕された。

「失くしたピアスを捜していたら偶然窓から室内が見えた」という私の嘘はまるで疑われず、行方不明だった女の子の居場所を突き止めたことで警察に感謝された。

 でも、あの子を見つけたのは私じゃない。大岡さんだったのだ。

 供述によると、男性は両親が他界してからずっと一人暮らしをしており、家族が欲しかったらしい。それで、マンションの近くで見かけた女の子を「こんな娘がいたなら」という思いから、声をかけて家に連れて帰ってしまった。だから、食事や飲み物はしっかり与えていたし、イタズラもしていなかったという。しかし、自分の私欲のために人を、ましてや立場の弱い子供を傷つけるなんてことは、決して許されることではない。

2024.05.11(土)