三十分ほど待ったときだった。会社員風の中年男性が、この間と同じように疲れた様子で近付いてくる。それは、一〇八号室の男性に間違いなかった。「思い残し」にどう関係しているのかわからないけれど、とりあえずはこの人のことをもう少し知りたい。そう思って、男性のあとをつけた。店に入ると、ビールを数本とチーズかまぼこをかごに入れる。晩酌だろうか。そのあと、パンのコーナーへ行って、メロンパンとチーズ蒸しパンも入れた。甘いものも好きらしい。そのあと、リンゴジュースとオレンジジュースを、お菓子コーナーでチョコレートやグミなども特に吟味せずに放り込んでいく。その様子を見て、私の中に小さな違和感が生まれる。一人暮らしの中年男性にしては、何かちぐはぐな印象を受けた。でも、ジュースやお菓子が好きな中年男性だってたくさんいるだろう。もしかしたら一人暮らしじゃなくて、家族の分かもしれない。でも、私が見ていた限り、あの部屋にはこの男性以外出入りする人はいなかった。部屋の前もベランダも、殺風景だった。
男性が会計を終えて店を出ていく。さりげなくあとをつける。男性は私の尾行には気付かず、グレイス港台に入っていったので、私も少し緊張しながら素知らぬ顔をしてマンションに入る。男性は鍵を開けて一〇八号室に入っていった。
さて、ここからどうすればいいだろう。中年の男性が、一般的なイメージより多めにお菓子や菓子パンを買ったというだけで、何もおかしいことはしていない。でも、微かな違和感はぬぐえない。腕を組んでしばらくマンションの廊下で佇んだ。今日も帰るしかないのか、と歯噛みしながらエントランスホールのソファに座る。
そのとき、バイクのような音が聞こえたと思ったら、黒い大きなリュックを背負った若い男性がエントランスから入ってきた。食事の宅配のリュックだ。早足で私の前を通り過ぎ、一〇八号室の前に立ったようだ。私は聞き耳を立てる。配達員がチャイムを鳴らす。
2024.05.11(土)