「すみません、ありがとうございます」

 本木は、礼儀正しい。仕事ぶりも優等生然としている。休憩室にいるときくらい、もう少しくだけても大丈夫だよ、と言ってあげたくなる。でも、今はプリセプターの浅桜が一緒にいる。あまり口出しはせず、浅桜と本木の関係性を尊重しようと思い、私は黙っておにぎりを頬張った。

 山吹は二つ目のお菓子を食べながらスマートフォンをいじっている。ナースステーションには私物の持ち込みはできないから、休憩室に来ないとスマートフォンも見られない。

「卯月さん、これ見てくださいよ。めっちゃウケる」

 山吹が見せてくれた動画は、海外のドッキリ動画だった。

 男性が歩道に停められた自転車にまたがる。その瞬間、サドルがビヨン! とバネのように反発して、男性は驚き派手なリアクションをとりながら道に転げた。いわゆる「やらせ」なのかもしれないけれど、繰り返し流れるその動画はたしかにバカバカしくておもしろい。

「何これ」

 一緒になって笑う。山吹はツボに入ったのか、ヒイヒイ言いながら笑っている。こういう時間を過ごすと、また午後も頑張ろうと思える。看護師の仕事はきついときもあるけれど、仲間がいるのは心強い。大岡さんの「思い残し」は今日もベッドサイドにいた。私は午後も「思い残し」を視ながら仕事をするのだ。

 長野銘菓は仕事終わりのおやつにしようと思って、バッグに入れた。

 仕事のあと、十九時過ぎにグレイス港台の近くのKマートに行ってみる。一〇八号室の男性は、この店の袋を下げていた。あの日の帰宅は二十時頃だったから、この時間ならもしかしたら会えるかもしれない。偶然を願いながら、まず店内を一周して、いないことを確認してから店の前に立つ。ときどきスマートフォンを耳にあてて、話すふりをする。誰かと待ち合わせをしているように見えるだろうか。じっと立っているだけだから、体が少し冷えてきた。足踏みをして、夜空を見上げる。

2024.05.11(土)