「浅桜さんと本木ちゃんも、お菓子どうぞ」
山吹が自分のお土産のように勧める。新人の本木を「本木ちゃん」と呼ぶのは、山吹だけだ。山吹は二年目だから、初めて自分に後輩ができて嬉しいと前に話していた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
浅桜がサラダと総菜パンをテーブルに置く。本木もバッグの中からお昼を取り出している。
「これ、めっちゃ美味しいとこのやつですよ」
山吹が私に顔を向けて言う。彼女はスイーツに詳しい。
「そうなの? 楽しみ」
私はお菓子を一つとってお茶の脇に置いた。
そこで山吹が、はあーと大げさなため息をつく。
「何、どうしたの」
「あの研修医、マジで使えないんですけど」
山吹は大福のように白くふっくらした頬を余計にふくらまし、この春から一緒に働いている研修医の名前をあげた。
「あははは。たしかに、あの人ちょっとやばいよね」
私も同意する。医者にもいろんな人がいる。患者のために熱心に治療をする先生がほとんどだけれど、中には何か勘違いしている先生もいる。
「自分は使えないくせにナースのこと召使いみたいに扱いやがって、マジでむかつきましたよ」
山吹はサンドイッチを食べ終えて、長野銘菓に手を伸ばす。
「すっごい天狗っていうか、俺さまはお医者さまだ、みたいな態度とる医者、本当にいるんですね」
山吹の文句は終わらない。でも、ここでならいいのだ。休憩室でなら、許される。看護師だけが集まり、束の間「白衣の天使」という役割から解放される場所なのだ。それをナースステーションや病室には持ち込まない。ここで吐き出すからこそ、持ち込まずにいられる。医者への文句くらい、吐き出したい。医師たちには医局という場所があるが、医局には偉い先生もいたりするから、先生たちは先生たちで大変だろうな、と思うこともある。
「あ、これほんとに美味しい。まわりサックサクで、中はめっちゃクリーミー」
山吹がお菓子を食べながら嬉しそうな声をだす。向かいに座る浅桜がお菓子を二つとって、一つを本木に渡してあげている。
2024.05.11(土)