「これ、御子柴さんのご実家からのお土産ですって。みなさんでどうぞって、御子柴さんが置いていきました」

 テーブルの上には、長野銘菓と書かれた箱が置いてあり、個包装のお菓子が並んでいる。すでにいくつか減っているので、夜勤明けの誰かが食べたのだろう。

 御子柴匠さんは、病棟唯一の男性看護師で、主任をしている。切れ長のクールな目元と薄い唇はどこかミステリアスな雰囲気があり、患者にもご家族にも医療スタッフにも、ファンが多い。独身の頃に大勢のご家族からバレンタインチョコを渡された、という逸話の持ち主だ。そのとき御子柴さんは「ご遠慮させていただきます。申し訳ありません」と丁寧に断り、ホワイトデーには全員に感謝の手紙を書いたそうだ。ナースステーションの入り口に「ご家族さまへ。看護師への差し入れはお断りさせていただきます」と貼り紙がされているのは、御子柴さんのこのエピソードのせいらしい。

 病院の看護師は、みんな看護部に所属している。看護部のトップは、看護部長だ。看護部長にはほとんど接する機会がなく、私は、入職式でしか会ったことがない。部長の下、各病棟に師長がいて、看護師にとっては師長が病棟で一番の上司にあたる。長期療養型病棟の師長は香坂椿さんという女性で、控えめに言っても、いるだけでその場に緊張感が漂う。特に、何か良くないことを告げるときの、ちょっとねちっとした高い声を聞くとみんなの背中がびくっとする。患者さんやご家族にはもちろん優しいし、対応も丁寧だ。でも、ぴったりとひっつめられた長い髪と、吊り上がりぎみに描かれた眉と、同じく少し吊り上がった目は、向かい合うだけで緊張する。

 師長の下に二人の主任がいて、その下に私たちみたいなヒラの看護師がいる。主任は、私たちと師長の間を緩衝する役割も担っているのだ。特に御子柴主任は、大きなビーズクッション並みの包容力だと思う。

 浅桜と本木が休憩室に入ってくる。本木は「はい!」と返事をしている。浅桜に何か教えてもらったのだろう。

2024.05.11(土)